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まちづくりチョビット推進室
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まちづくりチョビット推進室

京都府地域力再生活動
京都三条ラジオ・カフェ(79.7MHz) にて、
『まちづくりチョビット推進室』という番組を下記の予定で放送中です。
放送日時は第3、第4土曜日(15:30~16:00)
(詳細はラジオカフェのページでご確認下さい)
『まちづくりチョビット推進室』は、
「京都市景観・まちづくりセンター」と、平成25年、26年度の間、共同企画で行っておりました。
   
  過去のアーカイブ(第1回~116回)はこちら をご覧下さい。(過去の記事のリンクについては切れている場合があります。ご了承下さい。)
 

最新記事

第158回 ・知っているようで知らない上下水道局の仕事~ダブルメモリアルイヤーに思う

ラジオを開く

辻: 辻井  剛 氏(京都市上下水道局 総務部 総務課 広報企画係長)
寺: 寺田  洋 氏(京都市上下水道局 総務部 総務課 協働推進係長)
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
辻井、寺田係長水道局
  (辻井 剛 氏 ・ 寺田 洋 氏

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお届けしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲスト、お二方、上下水道局の方からお呼びしております。京の水から明日をつくる、京都市上下水道局 総務部総務課 広報企画係長 辻井剛さんです。
辻: 辻井です。よろしくお願いいたします。
絹: そしてもうお一方、同じく上下水道局 総務部総務課 協(とも)に働くと書いて協働(きょうどう)と読む。協働推進係長 寺田洋さんです。
寺: 寺田です。よろしくお願いいたします。
絹: 辻井さん、寺田さん、よろしくお願いいたします。
我々の大切な「水」を扱っているところから、今日、お二方のゲストです。では今日の番組タイトルとテーマを申し上げます。
「知っているようで知らない上下水道局の仕事~ダブルメモリアルイヤーに思う」と題してお送りいたします。
それでは辻井さんと寺田さんにお話しいただく前に、私のゲスト紹介ではちょっと物足りないということで、進行の絹川が手を抜きまして、時々やらかすゲストの他己紹介です。では辻井さん、寺田洋さん、協働推進係長とはいかなる人物ぞ、短く述べよ。
辻: そうですね。一言で言うと、優しい男ですよ。実は前の職場から一緒に仕事をしていまして…。
絹: え、前の職場って、どこだったんですか?
辻: もともと区役所の方におりまして。
絹: あ、伏見ってことでしたね。「ふしざく」あれは正確には何て言いましたっけ。「伏見を肴にざっくばらん」。おもろい部署にいましたね。
辻: そうです。区役所の方でも2年ほど一緒に仕事をしていまして、その後お互い異動したんですけど、また異動先で再会ということで、不思議なご縁を感じております。
絹: はい。という寺田さん、見るからに優秀そうな方です。では寺田さん、辻井剛さんとは、いかなる人物ぞ。
寺:  飄々と何事も前向きに仕事をこなす方で、上下水道局の広報にかかる事務を一手に引き受けている、非常に優秀な職員です。 
絹: 結構広報って、大変ですよね。
辻: ああ、色々、そうですね。
絹: ちょっと聞いたんですが、「今年は色々プロジェクトやイベントを用意したけど、全部あかんようになったんや。大分困ってます」ということをおっしゃっていました。
はい、そういう広報イベントに代わるという形で今日はラジオを通して上下水道局の知っているようで知らない仕事について、お二人に語っていただきます。
それではエピソード1、参ります。寺田さんから口火を切ってください。
 

■エピソード1 琵琶湖疎水の魅力発信

●琵琶湖疎水が日本遺産に認定!
寺: 私が協働推進係長として担当していますのが、琵琶湖疎水の魅力発信にかかる事業でして、先日大変うれしいニュースが一つございました。文化庁が所管しております日本遺産という事業があります。
絹: あんまり詳しく知りませんので、それ、教えていただけますでしょうか。
寺: 日本遺産は文化庁が所管していまして、日本全国有数の文化財が多数あるのですが、一定のある地域内にある文化財を一体的に活用・整備しまして、その情報発信をまとめてしていこうと。そういうことを通じて文化財群の魅力を高めて、その地域の活性化につなげていこうということで、色んな文化財群を認定しているのが日本遺産という制度でございます。この度私ども上下水道局が管理しております琵琶湖疎水が今年の6月に認定されたという、うれしいニュースが入ってきたところでございます。
絹: ご存じのように私の本職は建設業です。我々のような建設屋にとっては、うれしい、非常にうれしい。「これまで認定してくれんと、今頃遅いやんけ!」と言いたいくらいうれしいです。よかったです。
本当にわが京都では、疎水は大事業で先輩方から聞くところによりますと、当時の国家予算に匹敵するようなものが京都に投入されたと。当たり前に水を飲んでますけど、トイレに流してますけど、先人たちのものすごい仕事があそこでなされているということを、特に土木系技術者は身に染みて勉強していると思います。
 

●びわ湖疎水船、ご存じですか?

絹: これ、うれしいニュースですけど、具体的にはどのように発信していかれるんですか?
寺: 日本遺産に認定されたら、どういうことができるのかというところで、そういう情報発信にかかる事業ですとか、あとは琵琶湖疎水の観光客の受け入れを目的とした整備などを進めていきます。
絹: 近年、びわ湖疎水船というのが就航したじゃないですか。あれ何年前でしたか、割合最近でしたよね。
寺: そうですね。平成30年の3月に就航したところです。
絹: あれ、いっぺん乗ってみたいなと思うんですけど、今度のコロナ禍の前はなかなかいっぱいで乗れなかったんじゃないですかね。
寺: そうですね。昨年までの実績で言うと、毎年春と秋の観光シーズンに運航しているのですが、通算で95%以上の乗船率を誇っている、本当に人気の事業となっております。
絹: ここにある資料、市民新聞ですか。「琵琶湖疎水竣工130周年」という、なかなかレトロな雰囲気の大きな写真と共に、新聞を開きますと、疎水周辺の見どころマップというのもあって、いい資料ですね。
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京の水だよりvol.11より(上の画像をクリックして下さい。拡大でご覧になれます)
 

●疎水沿線の観光スポットー「琵琶湖疎水マップ」作りました!

寺: 疎水沿線は本当に色んな観光スポットが集まっている場所でございますので、そういったところを皆さんに知っていただいて、歩いて回っていただきたいという思いで作っております。
絹: 疎水沿いの遊歩道は、桜の季節にはすごくいいスポットですし、あそこは自転車を入れたら、まずいんでしたっけ?
寺: いえ、山科区内を走る琵琶湖疎水沿線は東山の自然緑地という、歩く、そしてサイクリングもできるような歩道が整備されていますので、歩いても自転車に乗っても楽しんでいただける場所になっています。
絹: 琵琶湖疎水の疎水船に乗って、上ったり下ったりするのも素敵ですが、そぞろ歩くのも素敵な場所です。そのために上下水道局さんは「琵琶湖疎水マップ」をおつくりになっていますので、ぜひ行ってくださいね。
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●琵琶湖疎水沿線の見どころをVRでご覧いただけます

絹: そしてなんと、「VRで魅せる琵琶湖疎水」とありますが、これ一体何ですか?バーチャルリアリティーを使うんですか?
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寺: 「びわ湖疎水船」とホームページで検索いただきたいのですが、そうするとこの船に関するホームページが出てまいります。そこに「VRマップ」ということで、ページを作っておりますので、ぜひそちらをご覧いただきたいのですが、疎水沿線のスポット数十か所、40か所以上をVRでご覧いただけるような情報発信をしています。
絹: そしたらホームページから、専用の眼鏡のようなものをしなくても、いけるんですか?
寺: そうです。ゴーグルなしで、ホームページの画面で見ていただける、そのスポットの360度の周辺の春と秋のそれぞれの映像を見ていただいるようなコンテンツになっております。
絹: リスナーの皆さん、なかなか知っているようで知らないでしょう。そういう工夫もされているんです。ぜひアクセスしてみてくださいね。「琵琶湖疎水船」で検索すると、そういう40か所にアクセスできます。
さあ、まずは疎水の魅力発信ということで、寺田さんに口火を切っていただきましたが、一旦ここでおきまして、エピソード2として辻井剛さんにマイクをお渡しして、辻井さんからもお話しいただきましょう。
 

■エピソード2 上下水道の仕事って?

●今年はダブルのメモリアルイヤーです 
絹: 先ほども言いましたが、今年はメモリアルイヤーなんですね。今年は記念の年です。
そこのところ詳しくお話しいただけますか。
辻: わかりました。今年はですね、メモリアルなんですが、ダブルのメモリアルということになっています。中身としては琵琶湖疎水の竣工から130年、あと下水道事業開始から90周年という、この2つの大きな節目の年になっています。
絹: そうかあ。琵琶湖疎水は130年前に先人がおつくりになって、その後40年経って、やっと下水ができたんですか。
辻: そうですね。時間差で言うと、それくらいになります。
絹: 僕は昭和の30年代の生まれですけど、その頃はまだ汲み取りと言うんでしょうか、バキュームカーと言っても、今の若い人はわからないかもしれませんが、そういうのがまだ走っていましたね。やっぱりまだまだ下水道は完備されてなかったんですね。
辻: 昭和30年度末で言うと、人口当たりの下水の普及率がまだ25%くらいといったデータもありますね。
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京の水だよりmini vol.8より(上の画像をクリックして下さい。拡大でご覧になれます)
 

●上下水道の機能や役割、あまり意識されていないでしょうが…

絹: 上下水道の仕事は、我々の日常生活に密着しすぎていて、実はあまり知らせていません。インフラという言葉を皆さんはご存知でしょうか。便利な都市生活を過ごすために、それこそ黒子のように溶け込んでいる、自分たちの足元にある道路であるとか、ライフラインの代表が上下水道でありますけれども、電気やガスというようなものもインフラストラクチャーと称します。その大きなものをご担当なっている上下水道局、その辺についても辻井さんからお話いただけそうですね。
辻: 今、お話いただいたように、普段、皆さんの生活でなかなか意識することって、そう多くはないのかなと思うんです。特にお引越しをされた時に、水道の開栓の手続きをされたりという方もいらっしゃるかと思います。でも特に下水道、汚れた水をきれいにするとイメージされる方は多くいらっしゃるかと思いますが、他にも色々な機能があったり、役割があったりするのですが、その辺については、実はあまり知られてないのかなと思うところです。
 

●最近の豪雨への対策としてー堀川雨水幹線、呑龍トンネル…

絹: 我々、建設業者はインフラをつくったり、整備したりする黒子の仕事を、上下水道局さんと一緒にやることも結構多いです。ぜひ、みなさんの足元をどういう形で黒子たちは支えているかというのを、時々意識していただくと、上下水道局さん共々、我々はすごくうれしいと思います。
見えそうで見えてない上下水道局さんの仕事で、例えば近年、雨がどっかんどっかん降るでしょう?そんな時には下水道にはものすごいプレッシャーがかかると思うんですけど、そんな話もどうでしょう。
辻: そうですね。最近のゲリラ豪雨の降り方って、以前に比べてもすごいものになっています。ああいう突発的な雨は、昔は地面が土だったので、地面そのものに吸い込まれて消化されていたのですが、今はアスファルトですので、吸収する能力が以前に比べて下がってきている課題がございます。だからと言って溢れさせるわけにはいきませんので、京都市としましても、雨水をためる大きなトンネルや池をつくったりして、浸水被害の軽減に努めていたりします。
絹: 例えば、皆さんご存知の堀川通、あの真下あたりに、とてつもないそういう仕組みが隠されていますよね。
辻: はい。堀川中央幹線のことで、堀川雨水幹線と我々は呼んでいます。
絹: それから呑龍トンネルも着々と。もうだいぶできているんですよね。それはなぜそういうものが計画されて、工事が行われているのですか。
辻: 一つには浸水被害の軽減と言いますか、未然に町に水が溢れるということを防ぐのが大きな目的です。
 

●上下水道管のメンテナンスも我々の大きな使命です

絹: 堀川通を通ったことがある方、数年前の豪雨で、堀川通の舗装がぼこんと盛り上がっていた事件を覚えていらっしゃる方がおられるかもしれません。いきなり舗装が、大きなところでは段差が30センチ近くアスファルトがめくれあがっていたと。「バイク通らなくて良かった。大事故になるわ」というのを目撃したことがあります。それは地中に走っている雨水下水道管にものすごい量の水が集中して、それが空気を圧縮して、空気が押し上げたということを、後で大学の先生の解説を聞きましたけれども、我々の足元ではそういうことが時々起こります。市民生活を守るために、上下水道局の方々が日々メンテナンスに苦労しておられるというのは、そういうところです。
そのためには古くなったインフラをなんとかメンテナンスしなければなりませんが…。
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辻: やはり時と共に古くなっていきますので、きちんと更新したうえで、次の世代に繋いでいくということが、私たちの大きな使命です。
絹: 今、例えば下水道管なんか、あるいは水道管もそうですが、メモリアルイヤーとおっしゃいましたよね。下水は90年と。ということは結構なお年寄りの水道管、下水道管が京都市内には埋まっているのではないですか。
辻: 場所にもよりますが、また敷設された時期にもよるのですが、随時そういう古いものは取り換えていって、新しいものにしていくということですね。
絹: 私も詳しくはないのですが、古い水道管をイメージしていただけますでしょうか。昔は鉛でつくっていた時期もありましたし、人間と一緒で、管の中にもコレステロールが付くんですよね。それをきれいにしたり、あるいはコンクリートの下水道管だったら、重みで割れたり、木の根が侵入して割れたり、中が詰まったりして、壊れていくことがあります。そういうものも管更生工法といって、地面を掘り返さずにきれいにしていくという、そんな仕事も建設の世界にはございまして、上下水道局さんからそういう仕事が出て、地元の業者たちも日々汗を流しています。そこからの繋ぎですが、「だから水を使ってね」でしたっけ?
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京の水だよりvol.12より(上の画像をクリックして下さい。拡大でご覧になれます)
 

●水を使って有意義な暮らしを送っていただきたい…

辻: もちろん無駄にいっぱい使っていただくということを推奨するわけではないのですが、我々も経営の観点からきちんと収入を確保していくというのは、大きな課題であります。
絹: ちょっと言いにくそうにしておられますので、捕捉しますね(笑)。なんで皆さんに水道使ってねと言うか。便利な水道を命の水を、皆さんの元に届けて、使ったお水を下水できちんと処理するためには、先ほど申しましたように、お年寄りになった水道管や下水道管をきれいにメンテナンスする必要がありますよと。そのための費用も独立した企業体として上下水道局は計画を持っていらっしゃいますので、「だからちゃんと水を使ってもらうことも大事なんです」と、言いたそうにしておられましたが(笑)。
辻: ありがとうございます(笑)。
絹: すみません、突っ込んでしまって(笑)。だから「お風呂だって、シャワーじゃなくて、風呂入れよ」って言いたい…というのが、水道局の皆さんですか。
辻: そうですね。我々はお風呂の魅力発信ということで、ここ数年やらせていただいていますけど、もちろん水量の話もあるにはあるのですが、より水を使って有意義な暮らしをしていただきたいと思っておりまして、例えばお風呂でリラックスしていただいて、免疫を高めていただいたり、より健康的な暮らしをしていただいたりとか、キャンペーン等を通じてご提案をさせていただいたりしているところです。
絹: リスナーの皆さん、今までにないコロナ禍のなかで、やっぱり自分自身の免疫力をきちんとメンテナンスするという意味でも、お風呂に入って、ゆっくりして、きれいにして、そういうものに対する生き物としての抵抗力をメンテナンスするのに、日本古来の、日本人が大好きなお風呂をもう一度見直してみませんかという、そういうキャンペーンも上下水道局さんは張っていらっしゃいます。ぜひ、自分たちの身を守るという意味でも、再度お風呂に目を向けてみたらいかがでしょうか。
 

●我々市民が浸水対策のためにできることー雨水浸透桝、雨水貯留タンク

絹: そのほかにもまだまだお話を承りたいことがあるのですが、我々が市民の立場で協力できること、我々のインフラを守るためにもう一つどころか、たくさんあると思うのですが、雨水浸透桝とか、雨水貯留タンクについてもお話いただけますか。
辻: そうですね。先ほど雨水幹線(大きなトンネル)のお話をしたのですが、そんな大事業と併せて、各ご家庭でもできる浸水対策として、雨水を地面に浸み込ませる雨水浸透桝というものがあります。さらに雨水をためておくタンクで雨水貯留タンクというものもあります。これら雨水貯留浸透施設に対して、うちの方で助成制度とかも設けていますので、そういうものをご利用いただいて、設置をご検討いただければご家庭でも浸水対策にご協力いただけるということです。
絹: お家を新しく建て直す、あるいはリノベーションをかけられるときに、我々が京都市民として協力ができることの一つが、今の仕組みです。普通、雨水が屋根に降りますと、樋をつたって、ほとんど時間差なしに直接下水に放流をすることになります。そうすると140万市民の各家の屋根から一挙にドドドっと水が来ます。それを時間差攻撃にして、例えば絹川の自宅の庭にあるいは屋根に降った水を少し下水に流す時間を遅らせようという仕組みが、雨水浸透桝です。時間差攻撃で負担を少し軽くしよう、だからそういうことをやってくれたら、新設の場合は、一基につき2万5千円の助成をさせてもらいますよというものです。我々がお小遣いの範囲内でできることもあります。さあ、どうでしょう。寺田さん、辻井さん、最後に言い残したことはあるでしょうか。
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 京の水だよりmini vol.8より(上の画像をクリックして下さい。拡大でご覧になれます)
 

●びわ湖疎水船がこの秋運航します!

寺: では最後に少しPRをさせていただきたいと思います。実は最初にお伝えしていた琵琶湖疎水船についてなのですが、この秋運航が10月1日から11月30日まで実施をする予定となっております。当然コロナの対策は万全にして、皆様をお待ちしておりますので、また8月の末、31日から予約販売が始まりますので、ぜひお応募いただければと思います。
絹: なかなか予約が難しい、人気のイベントですから、これは勝手なお願いなのですが、地元の工学院高校の生徒さんたちの学習と先人の日本遺産を経験するという形で、もし少しでもそういう枠をお取りいただけるようなら、ご検討ください。
寺: 承知いたしました。また、研修等でのお申し出も承っておりますので…。
絹: いいことを聞きました。小学校、中学校の先生も聞いているかもしれませんね。辻さんは何か言い残すことはないですか。
京都市上下水道局Twitterより
 

●上下水道局ではSNSでの発信を行っております

辻: 私は上下水道局の情報は、SNSでも発信しておりまして、フェイスブック、ツイッター、インスタと3種類ありますので、ぜひまたご覧ください。最近では動画も上げておりますので、ぜひご覧いただければと思います。
絹: リスナーの皆さん、上下水道局さんは、結構発信に力をいれていらっしゃいます。というのは、やっぱり皆さんの足元を支えるインフラ、ライフラインを支える仕事というのは、伊達や酔狂ではできないのです。大変な仕事であるとともに、危険も伴います。でも皆さんの協力がないと、皆さんの元に新鮮なきれいなお水は運ばれませんし、できることは協力という形でやっていければいいなと思っています。
この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして我らが京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。辻さん、寺田さん、ありがとうございました。
辻: ありがとうございました。
寺: ありがとうございました。
 京都市上下水道局HPよりi
 京都市上下水道局マスコットキャラクター(ホームページより抜粋)
 ホタルの澄都(すみと)くん&ホタルのひかりちゃん
投稿日:2020/08/11

第157回 ・支え合うくらしと住まい~子育てと介護のダブルケアの経験から

ラジオを開く

熊: 熊倉 聖子 氏(NPO法人 場とつながりラボ home’s vi)
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
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 熊倉 聖子 氏

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお届けしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日も不慣れなZoom収録です。本日のゲストは熊倉聖子さん。われらがNPO法人場とつながりラボ home’s viのメンバーの一角である熊倉聖子さん、左京区から。よろしくお願いします。
熊: はい、熊倉です。今日はよろしくお願いいたします。
絹: スタジオで対面をせずにやるというのも、非常に新鮮ですけれども、熊倉さんは日々バンバンオンライン打ち合わせ等、慣れていらっしゃるので、どうか引っ張ってください(笑)
お願いします。
熊: わかりました(笑)
絹: 熊倉聖子さんはhome’s viという、一部では大変有名なNPO集団の方です。場づくりに特化した集団ですけれども、リスナーの皆さんもぜひ覚えておいていただきたいと思います。彼らは何かしでかします。
それでは本日の番組タイトルを申し上げます。「支え合うくらしと住まい~子育てと介護のダブルケアの経験から」これはまさに本日のゲストの熊倉聖子さんの生の体験を語っていただきます。それでは熊倉さん、よろしくお願いいたします。
手元に京都新聞2020年(令和二年)1月6日月曜日の記事があるのですが、でっかい記事の真ん中に熊倉さん、ドーンとお顔が写っていますね。
熊:  はい(笑)
今年のお正月の特集号で取り上げていただいて、ドーンと載せていただいたのはいいんですけど、最初の一文が「今日はちょっとメイクが濃いめです」から始まるっていう(笑)
絹: これはラジオですから、新聞記事はファイル共有できません。その「メイク濃いめ」から、1パラグラフだけ読ませてくださいね。新聞記事、大きいですから、見出しが大きく踊っております。
「私が変わる 時代が変わる 多世代で満つる「家」 コレクティブハウス事業を進める熊倉聖子さん」という見出しです。では第一パラグラフだけ読みます!
こんにちは。よろしくお願いします。
今日はちょっとメイク濃いめです。
すごい入り方ですねえ(笑)
熊:  オンラインだと、いつもはメイクをしないですむので、この時はリアルだったので(笑) 
絹: 京都府が進めるコレクティブハウス事業のテレビ会議。協働するNPO法人「場とつながりラボ home’s vi」(京都市上京区)の熊倉聖子さん=左京区=が明るく場を仕切る。コレクティブハウスは、入居する世帯同士が食事や掃除などの役割を分担して支え合う集合住宅。風呂や台所は各部屋にあり、共有スペースで住人たちが食卓を囲んで交流する。子育て家庭や高齢世帯など多様な人が入居することで、それぞれができることをして日常を助け合い、孤立させないような信頼関係をつくる住み方だ。「一般向けのワークショップも開き、子育てや介護をサポートし合う暮らしの仕組みづくりをみんなで考えたい」と熊倉さんは意気込む。
 

■エピソード1 くらしそのものを支え合う環境をつくりたい

●子育てと介護と
絹: これが第一パラグラフです。さて、これをきっかけとして、熊倉さん、エピソード1行きましょうか。これの取材で思い出されること、ありますか?
熊: そうですね。意気込んでおりましたね、あの時には(笑)
子育てと介護と言うキーワードが入っていたんですけど、元をたどると、私は今、3人子どもがおりまして、一番上の子が10歳、二番目が7歳、三番目が4歳で全員女の子なんですけど。
絹: 結構、今、大変な時期じゃないですか(笑)
熊: 最初の第一子を10年前に出産したんですけど、結婚した当初から義理の父の認知症の症状がちょっとずつ出ていて、一番上の子が1歳の時に、東日本大震災があったんです。そのショックなのか、一気に義理の父の認知症が悪化しまして、震災後のバタバタと、子どもの環境の心配をしたり、家もガタガタしていて、社会の不安と家庭内の不安と、初めての子育てと初めての介護で、本当にその当時の記憶がほとんどないくらいの大変さでした。
絹: 何か辛すぎて、封印しているみたいな感じですかね。
熊:  封印と言うか、何か目の前のことに必死で、記憶を辿ってもあまり覚えてないと言いますか。同居していたわけではないのですが、当時は鎌倉に住んでいて、義理の実家は東京都内にあったので、しょっちゅう呼び出されては通っていました。義母だけではみられなくなったので、私が子どもを連れて、義理の実家に住み込む形で、身の回りのお世話をしたり、子どもがいると和むかなというのでムードメイカーの役割で、嫁の役と母親の役と、何やらかにやらみたいなのが、一気に同時に押し寄せると言うか…。
それまでは舞台や演劇などのアートマネジメントの仕事を東京の方でしていたんですが、20代の頃には想像もしなかった家庭内というか、くらしの現実みたいなものが一気に自分の身に降りかかって、でもそうした時に誰も頼れる人がいない。核家族で育っていますし、介護なんかも見たことがないし、鎌倉の方には子育て仲間はいたんですが、どうしても子育て中のお母さんたちは子育て仲間で集まるし、介護の方はソーシャルワーカーさんが入ってはくれますが、「子育てしながら介護は大変なんです」みたいなことを相談する相手もいなかったり…。 
絹: 話の腰を折りますが、若くなったばあばちゃんと話している気分がしてきました(笑)
熊:  そうですか(笑)
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絹: やっぱりよく似ていらっしゃる気がします。
リスナーの皆さん。実は、私は個人的に熊倉さんの母上を存知ておりまして。介護というところでは、私は今60を超えておりますけれども、この年代はわが親の介護が問題になってくる年代でもあります。熊倉さんは子育てと介護のダブルケアというすごい経験に、当時突っ込まれましたけれども、私は今、自分の母親の介護的行動と言いますか、お休みのたびの週末に疲れ果てておりますけれども、それをダブルでねぇ…子育てとやっていらっしゃったというのは、想像に難くない!大変だったんだろうなぁ…。
 

●サンドイッチジェネレーションと呼ばれて

熊: 当時はその「ダブルケア」という名前がなかったんですね。私がダブルケアをがっつりやった何年か後に横浜の大学の先生が「ダブルケア」という名前をどこかで発表されたんです。たぶん隠れたダブルケアは昔からあったと思うんですけど、なかなかそれが社会課題としては上がってきていなかったので、当時はアメリカの知人に「そういうのはサンドイッチジェネレーションと言うのよ」と。要するにサンドイッチされるということですよね。で、「サンドイッチジェネレーション」と検索をかけて、英語のサイトでその情報を知るみたいな感じだったんですよね(笑)
絹: 本日のゲストである熊倉聖子さんは、サンドイッチジェネレーションと呼ばれる経験を積まれました。震災の後で大変な経験だったと思われますが、だからこそ、このコレクティブハウス事業、京都府が進めようとしている新たな、今まであまり京都のエリアで語られることの少なかったものに興味を持たれたわけですね。
 

●子育て中の熱い公務員 川崎さんとコレクティブハウス

熊: そうですね。home’s viに私が関わり始めたのは、2年前からなんです。ちょうどその年に京都府の川崎さんという若きスーパー公務員が、同じく子育てをされている。彼はお父さんですけれども。
町内会とか自治会とか色々あるけれども、やっぱり暮らしそのものを支え合う関係をつくるのって難しいわけです。そこで彼は、まちづくりの中でどういうふうにしていけるか模索するなかで、たまたまコレクティブハウスというのを見つけられたそうです。コレクティブハウスは先ほど絹川さんがお話してくださったように、色んな形があるのですが、単身の人が住んでいたり、老夫婦が、子育て世帯が住んでいたりと、お互い助け合うような暮らしなのですけれど…。
絹: 共同住宅でアパートやマンションで一緒に暮らしていて、ちゃんと自分の個室はあるけれども、共同リビングもちゃんとあって、しかもそれが賃貸ですよね、きっと。
熊: そうです。賃貸の住宅で出入りもしやすくて、水回り等は全部別々で、でも共有空間があってという。京都はシェアハウスはすごく多くて、独身の人が入っているイメージが強いですが、子育て世帯も入って、そこの中でよい暮らしの関係性を作っていくという、元々北欧の方から始まったものです。
 

●コレクティブハウスとは

絹: シェアハウスの話が出ましたが、誤解を恐れずにバクっと言いますと、コレクティブハウジングとかコレクティブハウスは、シェアハウスをどっちかに掛け算して、1.5~2倍にして、シェアハウスよりは中型かな、大型かなと。シェアハウスよりもしっかりしていると言うか、人数がちょっと多いかなとか、そんなイメージを持ったんですけど、間違ってますでしょうか。
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NPO法人場とつながりラボhome’s vi facebookより抜粋)
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絹: ハードが固定しているんじゃないよと。例えば一軒家がいくつか集まっても、タウンコレクティブとか、コレクティブハウスって言うんだよという、そんなことですね。
熊:  ええ。実際、タウンコレクティブという形で、何世帯かのおうちが半径1㎞以内等に住んでいて、一緒に食事をしたり、ちょっと送り迎えをみたいな、いい共同体をつくってやっているという例もあります。集合住宅を建てたりするのはなかなか難しいのですが、京都でやるのなら、タウンコレクティブというのはいいんじゃないかなと。タウンコレクティブについて、もっと教えてくださいみたいな方が割合多かったりもします。今回のコロナにしても、もし自分が感染したら助けを求める先がない、誰も頼れないみたいな時に、「大丈夫?」とか、「ごはん持っていくよ」みたいな関係を、常日頃からつくっていけるという支え合いの仕組みそのものの事を、コレクティブハウスと言うんだなというのを、私もこの取組を通して学んできたところです。
絹: リスナーの皆さん。今、聞かれたところ、たぶんキモです。試験なら「試験に出ますよ」と言わなければならないくらい大切なところです。ハードに依存しない、むしろコレクティブハウスというのは、ソフト、助け合いという、ひょっとしたらシェアエコノミーとか、そんな話で、シェアエコノミーって、どっかで聞いた話だな。
熊:  シェアリングエコノミーって、ありますよね。 
絹: 熊倉教授がなんか似たような本を書いていらっしゃいませんでしたか?
熊:  熊倉教授(夫)はギフトエコノミーですね(笑) 
 

●コロナがやってきて…

絹: すいません。話の腰を折ってしまったかもしれませんが、リスナーの皆さん、想像していただけましたでしょうか。コレクティブハウスはハードな、大規模な、例えばマンションの中の2フロアをぶち抜いて、15家族が一緒に住まうというやり方もあります。東京の方で、コレクティブハウジング社が2000年から丁寧に事例を積み重ねてこられていますけれども、企業の使われなくなった独身寮なんかをリノベーションした事例もあります。それから今、熊倉聖子さんがコメントされたように、一軒家同士を500mグリッドでちょこちょこ繋ぐという、非常に地道なタウンコレクティブというやり方もあるようです。
京都で、このコロナの前にオーバーツーリズムがあちこちで言われて「困ったわね」という話があって、私の職場の下京区でもゲストハウスが雨後の筍のようにできております。それが今回の事で、立ち行かなくなるだろうと思われますが、コレクティブハウスの考え方が応用された時に、逆にそれが何か素晴らしい世界に繋がる可能性はないでしょうか。
熊: 今、本当に考えもしなかったような状態になっていて、そのゲストハウスを運営されていた方たちも本当に大変な思いをされているのかなと思います。外の人に向けて用意されていた空間を、京都のまちの中に活かしていくということが、もしかしたら今できるのかなということをお話を聞きながら思いました。 
絹: 熊倉さんたちが京都府とモデル的に実験的にコレクティブハウス事業をやろうと協働して進みはじめた時に、コロナというものがやってきて、何か逆風と言うか、水を掛けられたみたいな感じですよね。
 

●“おおきなかぞく”というコンセプト

熊: そうですよね。京都はシェアハウスも多いと思うのですが、やっぱりこういう時にどうするのかというのが…。でも逆に考えると、本当に一人暮らしで、誰も頼る人がいないということがいいのか、家族は一緒にいるわけじゃないですか。私も5人家族で住んでいますけれども、その家族の延長として、一緒に住まう人を捉える。Ciftという集団が東京にあるのですが、京都にもできて、そこは拡張家族というコンセプトでやっていますし、私自身も京都に来てから知人がほとんどいなかったので、「おおきなかぞく」という取り組みを、似たようなネーミングなんですが(笑)、多世代で、おじいちゃんおばあちゃんと子育て世帯が一緒に繋がりあうみたいな場づくりをしたりしていたんですけど。 
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■エピソード2 京都での「つながりあう場づくり」

●「おおきなかぞく」について(左京区)
絹: その「おおきなかぞく」のエピソードをエピソード2としてお話していただけませんか。リスナーの皆さんに、コレクティブ的なソフトの部分をお伝えするのに、「おおきなかぞく」のエピソードはすごく役に立ちそうな気がするんですが、どうですか?
熊: すごく素敵な場だったので、またやりたいなと思いながら、ずっといるんですけど、今ちょっとお休みしちゃっているんです。 
絹: 「2015年、左京区で『おおきなかぞく』の集まりで、畑仕事を楽しむなどして交流する親子やお年寄りたち」という写真が、この大きな新聞記事に3枚くらい載っています。なんかいい感じで、これたぶん血縁のない拡張家族ですよね。
熊: そうですね。本当にいい場でしたね。左京区で、出会った当初は大学生で、もうご卒業されているんですけど、おばあちゃんと一緒に住んでいたその学生さんと、自主保育をやっていた子育て仲間が集まる場でした。高齢者の方たちは介護予防的にそれぞれ集まっていたり、一人で住んでいたりするんですけど、定期的にご飯を持ち寄って一緒に食べたり、畑仕事をしたり、一緒に音楽をしたり、あやとりをしたりしていました。子どもたちも知らないおばあちゃんの膝に乗って、ニコニコしているとか…。どうしても親子だけだと煮詰まってワーッとか言ってしまうけれども、おじいちゃんとかが「ああ、元気でいいねえ」とか言ってくれると、縦横斜めの関係で、風がふっと吹いて、心が軽くなるような時間だったんですよねえ。 
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  (おおきなかぞく facebookより)
絹: 二番目のお子さんをお産みになった京都で、そういうことを始められたと書いてありますね。記事に。
熊: 二番目が生まれてすぐに京都に引っ越してきたので、二番目は小さかったです。
絹: で、自分の祖父母と地域の人をつなぐことをしたいと大学生が語ったって、これがさっきおっしゃっていた大学生ですね。
熊: そうです。
絹: なかなかの学生!
えらいなコイツ!!
だって自分のおじいちゃんおばあちゃんと地域をつなぐって、いい仕事をしたんですねえ。彼でしたっけ、彼女でしたっけ?
熊: 彼女ですね。もう本当に素敵な女性で。
絹: 今はどうされているんですか?
熊: 今は京都にいなくて、山形県の方で、そこでもすごく活躍されているんです。
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●スーパー公務員川崎さん × home’s vi

絹: これって、今日の番組のテーマであります「支え合うくらしと住まい」というか、コレクティブハウジングと言うか、本当にその辺の中心概念と言うか、拡張家族と言うか…。京都府の西脇知事の政策目標のなかに、「子育て環境日本一の京都府にしたい」というのがあるんです。それを具現化しようとしたのが、さっきの熊倉さん曰くのスーパー公務員の川崎哲嗣(さとし)さんについて、熊倉さんの印象をちょっとお話しいただけませんか。
熊:  アツい人ですね。本当にアツい人で(笑)
私と同年代。本当に素敵な方で、ご自分の子育ての経験から、「これが京都のまちに役に立つんじゃないか」という思いで、ご自分で色んな不動産屋さんを回ったり、営業活動をやったりとか。やっぱり建物の話なので、本当は府営住宅なんかにできるのが一番なのかなと思ったんですけど、それもなかなか今すぐというわけにはいかないので、どこか事業者さんだったり、有休の物件を持っているオーナーさんが「じゃあ、こんな所使ってみて」と。東京のコレクティブハウスもそんな形で動いているので…。 
絹: 補足を入れされてください。その川崎さんというアツい行政マン、京都府庁の中に、府庁内ベンチャーという提案を拾い上げる仕組みがあるそうです。そこに川崎さんが発想した「コレクティブハウジング・支え合うくらしと住まい」というものが入賞して、その結果こういうプロジェクトが生まれたというふうに側聞しております。間違いないですか。
熊: そうですね。その立ち上がり方も、「ああ、なんか京都府って、素敵だな」と思ったんですね。そこから子育て支援の事業が立ち上がって、home’s viに声がかかったのは、コレクティブハウジング社さんのコーディネーターとしての役割を、川崎さんがご覧になっていて、ハードだけではないということを理解されて、それを京都でできるのはどこかなと探された時に、home’s viに白羽の矢が当たってですね(笑)
人と人の関係をつなぐというか、みんなが、いろんな人が一緒に住まう、そして関係をつくって助け合うというのは、なかなか難しいことです。家族でも難しいのに、他人でそういうことがどこまでできるのかという…。
絹: 残り1分になってしまいましたので、私にマイクをもらって、無理やり力業でまとめに入ります。いいですか?
熊: はい、どうぞ(笑)
 

●コロナ禍ですが、コレクティブの動き、ご注目ください

絹: リスナーの皆さん、今まで聞いていらしていかがでしたか。京都府の中にアツい行政マン川崎さんという人がおられました。コレクティブハウジングが京都府の「子育て環境日本一」を具現化する一つのやり口ではないかと、home’s viに声を掛けました。コロナで大変な状況ですけど、このコレクティブの動き、支え合うくらしを求める行政マンと民間の協力関係、潰したくないですよね。また、こういう番組をつくることで、賛同者を増やしていきたいと思っています。よろしくお願いします。
この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして我らが京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。熊倉さん、ありがとうございました。
熊: はい、ありがとうございました。
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投稿日:2020/07/20

第156回 ・小川通今出川上ルに怪しげなお寺を見つけました~社会実験寺院寳幢寺の挑戦

ラジオを開く

松: 松波 龍源 氏(寳幢寺 僧院長) 
絹: 絹川 雅則(公成建設株式会社)
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        松波 龍源 氏

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお届けしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲストでありますが、チョビット推進室では二番目の宗教者のご登場になります。これがあれよあれよといううちに決まってしまいました。今日のゲストは松波龍源さんです。松波龍源僧院長、よろしくお願いいたします。
松: よろしくお願いいたします。
絹: 松波さんとの出会いと、プロフィールをこちらで勝手に調べた下資料に基づいて、少しだけ皆さんにお話しします。
松波龍源さん、プロフィール
出身地はお父様は石川県、お母様は熊本県、だから石川と熊本のハーフでいらっしゃいます。活動地域は京都府。1978年生まれ。学生時代に武道と仏教に出会われて、生涯の道とすることを決意されました。なんと武術の境涯を深めるために、単身中国北京に渡られて、5年間の武術修行を行われました。この辺がぐっと私、鷲掴みにされたところでございます。帰国後、ご縁を得られて仏門に入られます。真言立宗総本山西大寺。これは奈良ですよね。
松: そうです。
絹: あのでかい西大寺にて、四度加行(しどけぎょう)、伝法灌頂(でんぽうかんじょう)を受法。様々な伝統的伝授を受けると同時に日本仏教のみに囚われず、ミャンマーやチベットなどの高僧に師事をされます。それだけじゃなくて、山岳修行や霊地巡礼などの修業をお積みになっておられます。お若い方なんですが、21世紀の日本と世界にフィットした仏教修行の在り方を模索されている宗教者であるというご紹介が、手元の資料にあります。僧院長、こんな紹介でいいですか?
松: なにか過分なご紹介ありがとうございます。恥ずかしいです。
絹: 釈尊や弘法大師さまの後を追って行かれつつ、今の日本に無理のない仏教を追いかける活動のなかで、瞑想法もご提唱になっているということですので、その辺も後ほど触れていただきたいと思います。
松: はい、ぜひ。
絹: 大切なことを忘れておりました。本日の番組のタイトルと言いますか、テーマをこれから申し上げます。京都の方が聞いておられるので土地勘はあるでしょうね。「小川通今出川上ルに怪しげなお寺を見つけました~社会実験寺院寳幢寺の挑戦」と題してお送りいたします。それではエピソード1「そもそも実験寺院とはなんぞや」あたりから語っていただけますか。
 

■エピソード1 そもそも実験寺院とはなんぞ 

 

●一般家庭の出身なので、私のお寺はありません

松: もともと僕は普通の一般家庭の出身で、お寺の子というわけではありません。自分で望んで、興味をもって仏門に入ったのですが、一方で私のお寺というのはないんですね。
絹: 初めておじゃました時に、その小川通の今出川上ル、お寺っぽい雰囲気じゃないですものね。
松: そうです。もともと西陣織の会社の跡地をお借りしてやっております。
絹: それも「結構安くで、広い場所、借りられたんです」とおっしゃっていましたね。
松: そうなんです。大家さんが本当に素晴らしいご理解のある方で、非常に親切に相談に乗っていただけました。
絹: 実は恐々ですけど(笑)、数度、私は既におじゃましております。
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●出会いはミャンマー仏教 

松: ありがとうございます(笑)。もともと仏教に触れたのは大学院生の時が初めてで、しかも日本仏教ではなかったんです。
絹: ミャンマーの仏教だったと書いてありますね。
松: そうなんです。大学は大阪外国語大学という、今はもうないんですけど、そういうところのビルマ語学科というところにいまして、そこでミャンマー仏教の研究をやっていたんです。
絹: またマニアックな…。
松: すごくマニアックですよね。それでミャンマーに調査で行きますと、あちらの国では仏教というのが完全に生活の中に溶け込んでいるんです。GDPでは日本の30分の1程度ですから、当然豊かではなくて、モノはなかったり、お金もないんだけれども、何かみんなが生き生きして幸せそうに見えたんです。それはなぜかというと仏教の世界観で彼らは生きている。すごく親切だし。
振り返って日本も、一応仏教国ということになるのだと思うのですが、仏教というものが、人々のリアルな生活にあまり役割を果たしていないんじゃないかというふうに感じたんですね。
 

●絹川の仏教修業―親父に騙されまして…

絹: なんかわかる気がします。ちょっとだけ自分の過去を語らせていただきますと、20代の頃に私、親父に騙されて、お寺に閉じ込められたことがあるんです。一週間ほど。
松: なんかすごい体験ですね(笑)。
絹: 九州のお寺だったんですけど、うち、建設会社でしょ。で、京都に道場を建てさせて頂いて、親父は忙しくて本山にご挨拶に行けなくて、「ご挨拶に行ってこい」と九州まで、学生時代に行ったんですけど、檀家総代の方と親父と話ができていまして、「コイツ、一週間ちょっと痛めつけてもらえませんか」と言って、そういう話ができていたところへ、フラッと行ってしもたと。で、もう、読経三昧、作務三昧、「わかるまで帰さない」という目にあいまして、でも修業の若いお坊さんと一緒だったので、休み時間に「こんなんでええんかな、仏教は」みたいな話を、やっぱり学生ですから熱く語っていたという、そんなアホな経験がございます(笑)。
松: なかなか貴重な体験ですね。それは。
絹: 最後はものすごく追い詰められますので、天狗の鼻をポッキリ折っていただいて、涙を流しながら「自分は虫けら以下でございます」というようなところまで、ご住職が追い込んでくださいまして、「帰っていいよ」ということで、無事に生還しましたけれども(笑)。
 

●仏教の精神に触れる機会のない日本

松: そんな感じで、お寺の中に普通の人が入っていって、なんらかの仏教にかかわる体験をすることって、観光で行って仏像とか伽藍を拝観する以外に、今の日本って、ほとんどないと思うんです。
絹: レアですよね。私みたいな騙されて行くって、なかなかそれも珍しいですよね。
松: 極めてレアなケースだと思うんです。なので仏教が言っている、本当は何をお釈迦様が伝えたかったのかということに、触れる機会なんて、自分で興味をもって、それこそ学校とかで勉強しない限り、小学校、中学校、高校でも習わないですしね。なかなかそういう機会がないというのは、問題と言うか、もったいないなあとすごく思っていたんです。
 

●寳幢寺、こんな意味を込めています

絹: その「怪しげなお寺、寳幢寺、実験寺院」ですけど、寳幢寺という字もラジオですから、どんな字を書くのか、リスナーの方には伝わらないと思いますので、寳幢寺の漢字の書き方を教えていただけませんか。
松: これが難しいんですよね。検索するのに変換しにくいと言いますか(笑)。寳幢寺の「寳」は宝物の「宝」です。
絹: 旧字体ですよね。
松: 旧字体を使っていますが、普通の「宝」でも大丈夫ですけど、「幢」が問題で、巾偏に童と書くんです。
絹: 僕、実は事前に予習して調べました。なんか仏様の軍隊の旗印という意味があるらしいと。
松: そうなんです。「旗」という意味がありまして。
絹: 仏様の軍隊で、僧院長自身が単身、武道修行を5年中国へ乗り込んでいるというので、なんかそこらへんが関係があるのかなと。
松: 「旗」って、シンボルですから、「ちょっと変わった仏教というものが、ここにありますよ」という旗を掲げようと。筵旗を掲げて意気を欲すみたいな、そんなイメージですね。
 

●みんなでつくりあげる実験寺院としてーわからないからやってみよう

絹: なるほど。で、実験寺院の実験たるところは、どの辺にあるんですか。
松: まず今まで日本になかった形をやってみたい。それはミャンマーとかチベットでは当たり前の形だと思うんですけど、お坊さんたち(出家者)と、普通の在家さんの、一般社会の人たちの役割をちゃんと分けて、お坊さんたちはお金ということには関わらない。寄付だけで運営をしていく。そして一般の地域の人たち、今はインターネットで全世界と繋がりますから、我々に関わってくれるすべての人たちと、ここに関わっているすべての出家者が、みんなでお寺の在り方を決めていく、つくっていくということをやってみようと。そんな感じで実験という言い方をしています。そういう意味で、宗派にもこだわりたくないし、国にも囚われたくない。21世紀の日本、この京都という所で、できうる形の、フィットする形の仏教がどんなものなのかわからないです。わからないので、やってみようという意味が込められています。 
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  (一般社団法人 日本仏教徒協会Twitterより抜粋)

 

絹: リスナーの皆さん、今の実験寺院の在り方というのも、本当に入り口からちょっと中を覗いたくらいのところなので、なかなか想像をしていただきにくいと思うのですが、これから僧院長が具体的なエピソードを語ってくださいますので。けったいなおもろい事をしはるんですわあ(笑)、ねえ。
松: そうですね。結果的にそうなってしまったという感じなんですが、面白いですよね。
絹: ではそろそろエピソード2でもって、実験寺院の実験とは、具体的にどんなことをされたのか、リスナーの方々に想像してもらいましょうか。
 

■エピソード2 実験って、具体的にどんなこと? 

 

●「取引」から離れたい

松: まず一つ大きな実験の柱として、我々は「取引」というところから、ちょっと離れてみようということをやっています。完全に「お布施」と呼ばれる寄付です。皆さんからの見返りを期待しない。「100円あげるから100円の価値のあるものをください」というトレードの世界から少し離れまして、「あなたにこれをもらってほしい」と。それをお互いが交換して(交換があってもなくてもいいんですけど)、それを造語ですけれども「喜びを送りあう」と書いて「喜贈」と呼んでいます。
 

●「喜贈」ということ

絹: 「喜捨」じゃなくて、「喜贈」であると。捨てるんじゃなくて、贈るんだと。
松: プレゼントのし合いと言いますか、贈り物が交わされていく、そこに喜びが生まれていくというような世界観があってもいいじゃないかと。もちろん等価交換の売買、取引というのは、社会のシステムなので大事なのですが、それだけではしんどいじゃない?という考え方ですね。そうじゃなくて、喜びをプレゼントしあって、理解し合える人たちが、価値を増大させていく、喜びを増やしていくということができないか、これがまさに実験だと思っています。
絹: 今のお話からイメージするのは、「お裾分け」という、日本の懐かしい言葉だとか、「シェアリングエコノミー」というカタカナの言葉とか…。
松: そうですね。「ギフトエコノミー」とか、そんなことも言われていますが、まさにそうだと思うんですね。
絹: その辺の言葉にも、何か一朝事あるごとに、今回は武漢コロナ肺炎の洗礼を浴びたわけですけど、従来以上に助け合いと言うか、喜贈と言うか、そういう流れができるのではないかと、そんな仮説を持ちました。
松: 私もそう思いました。それを2500年前からインドでおっしゃっていたのが、お釈迦様ということになるのかなと感じています。
絹: そう思ったら、すごい早いですよねえ、お釈迦様。
松: 本当に天才としか言いようがないなと思うんですけど、本当に不信感だと思うんです。私がこれを持っておかないと私が必要な時に使えないから、あなたにはあげませんよというね。そうではなくて、みんながみんなを助け合うという関係だから、あなたが今必要で、私は大丈夫なら、あなたにあげますよ。それが回っていけばいいじゃないという考え方ですね。
 

●20世紀型のエゴイズムの終焉

絹: 私の周りにちょっとずつそういう人が増えつつあるような気がしているんです。実は。
松: それは素晴らしいことだと思います。
絹: なにか世の中の流れが、少し逆転しつつあるみたいな、そういう人たちと知り合うことが個人的には増えてきております。
松: 世界全体的に見ても、環境破壊とか人種差別の問題でもめていますけれども、20世紀型のエゴイズムという在り方が、人間という種としてもう限界なのかなと。そういうタイミングが来ているのかなという気がしますので、どうなっていくんだろうというのは楽しみだなと思っています。
 

●大根300本プロジェクト

絹: さて、では具体的なエピソードで、例の「大根300本プロジェクト」教えていただけませんか。
松: それは滋賀県の守山にあるラトナファームという農家さんなんです。今井さんという方が一人でやっておられるんですが、彼はうちによく瞑想をしに来てくださるんです。珍しいですよね、瞑想をする農家。
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絹: 珍しいですね(笑)。
松: 非常にまじめな方で、原則無農薬で、本当に野菜を自分の子どものようにかわいがりながら育てておられる農家さんなんですけれど、彼が今の日本の流通システムがちょっとしんどいということをおっしゃっていたんですね。どれだけ頑張って手をかけて大根を作っても、やっぱり1円でも安く、安く、安くと言われてしまう。しかもちょっとでも傷が入ったり、規格に合わないとゴミとして廃棄されてしまう。それって、レストランの食べ残しというレベルじゃないですよね。畑で植わっている数千本の大根の何分の1かは、出荷されることもなくゴミになってしまう。それを彼は非常に悲しいとおっしゃっていて、この冬も大根がたくさんできたのだけれども、やっぱり何百本単位で廃棄になってしまう。食べるのには全く問題がないのに、流通・販売の問題で、農家としてはどうしようもないと。それを捨てるには忍びないし、この世界に一矢報いたいという思いもあるしということで、出荷できない野菜をお寺に全部寄付しますと。
絹: 本堂にずらっと並んだ300本はそれだったわけですね。
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松: そうなんです。それをお手伝いも兼ねて、うちによく遊びに来てくれる京都大学の学生さんたちと一緒に大根を抜きに行くところから行かせてもらい、持って帰ってきました。せっかく農家さんが喜贈していただいたわけですから、我々はそれをお寺という立場で社会に喜贈しようと考えました。そのまま差し上げてもよかったのですが、せっかくなので私が一本一本疫病封じの梵字を書きまして、病気封じの御祈りをし、お守りとして祈祷した大根を差し上げますよということです。赤字になっても構わないと思いましたので、送料も我々もちで、北海道でも沖縄でも発送しますと言ったところ、絹川さん始めとして色んな方々が興味をもって下さいました。喜贈ということに共感してくださり「それならばこれを役立ててください」とお金やら、別の食べ物やらを置いて行って下さったわけです。それで完全に成り立ってしまったと言いますか。
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絹: ほう、物々交換的に「ちょっとこれも置いて帰りますわ」と言う人がいっぱいいたんですか。
松: ありましたね。
絹: ちょっと聞きかじりましてね、面白いなと思って、恐々おじゃまして、5本ほど梵字が書かれた大根を頂いたんです。それを知り合いだとか、うちは建設会社なので独身寮がありますから、独身寮の寮監さんに「疫病除けのお祈り付きだから、大根おろしにでもして料理して食べて」と。それから山科のこども食堂を運営されている方にも使っていただいて、もちろん我が家でも一本頂戴しましたし。おかげさまで霊験あらたかというとちょっと怪しいですけど、うちの会社、今のところ感染者は出ずに過ごさせていただいております。現場もほとんど止まらずに。ありがとうございました。
松: 何よりです。  
絹: で、すぐになくなったんですよね。
松: そうなんです。300本はさすがに何本かは腐らせてしまうかもと、最初は思っていたんですが、割とあっという間に、葉っぱまでもらっていただきまして(笑)。
絹: 僕がこの社会実験寺院寳幢寺さんに注目したきっかけは、この不思議な大根300本プロジェクトというエピソードでした。
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●いわば仏教の見本市みたいな… 

絹: この他にも、まだまだこの続きは何をどう実験していかれるのか予想がつきません。でも僧院長の周りには色々面白い人が集われるようで、居候のような大学院生だとかおられるんですよね。
松: いますね(笑)。
絹: そのうちミャンマーからの修行僧も受け入れられるかもしれませんし。
松: はい、それは言っておりまして、ミャンマーとかチベットとかタイ、スリランカと繋がりをもって、うちに常駐してもらい、いわば仏教の見本市みたいな感じで、うちに来たら世界中の仏教が一通りレビューできますよと。例えばスリランカの坊さんが気に入ったら、スリランカ仏教を教えてもらえますよということはしたいですね。それは資金さえあれば、今すぐにでもできそうかなとは思うのですが。
 

●本堂は色んな方が色んな事に使ってくださっています

絹: というような野望も計画も持っていらっしゃいますし、それだけではなくて、本堂には何やら武器のようなものも置いておられますし、あの本堂は武術修行の場にもなりそうですし、フリーダンスのような動画も見たことがありますが。
松: そうですね。色んな方が色んな事に使ってくださいます。100平米ありますから、工場跡地ですので広いので。
絹: リスナーの皆さん、普通のお寺ではありません。だからやりたいことを僧院長や奥さまや事務長や大学院生の居候だとかにご相談されると、色んな事が起きる可能性の高い不思議な場所だと思います。
 

●オンライン瞑想のこと

絹: それとオンラインで瞑想の指導と言いますか、最近、少しだけしていただいた経験があるのですが、僧院長が医療関係者と色々試しておられる事も少しだけ紹介していただけますか。
松: 日本仏教の弱点みたいなものかなと思ったのが、この瞑想の修業ということです。儀式などは素晴らしいものがあるのですが、個人的に瞑想をして自分の境涯を高めていくということが、少しおざなりにされがちだった歴史があるのかなという気がしています。そのあたりをチベットやミャンマーから補って、21世紀の日本という忙しく大変な社会にフィットする形で再構築できないかと考えています。例えば「毎日一時間座禅しなさい」と言われても無理じゃないですか。できたらいいんですけど、ちょっと辛いと思うので、そうではない形で、理想的ではないかもしれないけれども、これぐらいだったら効果はあるだろうというものを、つくって出していかないとと思ったわけです。「一時間も座禅しなければならないのなら、できないわ」となると、興味を持った人に残念ですよね。そういう形で研究をしまして、一つ自分なりの形というものをつくりあげまして、それを認めていただき、わかるかたにはわかってくださったわけです。病院のお医者さんや心理カウンセラーの方々からは結構評価していただいて、一緒にコラボして何かやっていこうということはおこなわれています。本堂で瞑想指導をやっていたのですが、コロナウイルスの問題で、なかなか集まってもらうのも難しくなっているので、できるのならオンラインでやってみようかと始めかけているところです。
絹: この試みも大変面白い。興味を惹かれます。というのも当まちづくりチョビット推進室におきましても、数回前のゲストが岸本早苗さんとおっしゃいまして、ハーバード大学の大学院でマインドフルネスとマインドフルセルフコンパッションの修業を積まれた方です。私自身も興味がありまして、その方から習ったことがあります。
リスナーの皆さん、小川通今出川上ルに何やら怪しげなお寺・寳幢寺、社会実験寺院がございます。ここには何かがあります。怪しげに思えても怪しくありません。もしよろしければお訪ね頂きたく思います。ちょっと変わっていますけど、いい、面白い人たちが集っておられます。
この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして我らが京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。松波僧院長ありがとうございました。
松: どうもありがとうございました。

 

投稿日:2020/06/23

第155回 ・畑をキャンパスにみんなの夢を描く“エクボファーム”ってご存じですか?~農業という表現方法

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※田んぼ作り〜つかの間の休憩〜

 

竹: 竹内 雄哉 氏(鳥取大学 農学部 2回生)
絹: 絹川 雅則 (公成建設株式会社)
※本収録は、新型コロナウィルスを考慮しまして、Web会議ツールを使用しています。

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードを御紹介しております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
リスナーの皆さん、実はちょっと今日は緊張をしております。生まれて初めて自宅から「Zoom(ズーム)」を介しての収録ということに挑戦しております。勝手が違いますので、音が割れたり、BGMが僕に聞こえなかったり、色々トラブルを感じながらの収録ですが、よろしくお付き合いください。
それではゲスト紹介から参ります。今日のゲストはお若い方です。なんとズームを介して距離を飛び越え、鳥取大学からのご参加です。鳥取大学農学部2回生 竹内雄哉さん(休学中)、どうぞ竹内さん。
竹: はじめまして。よろしくお願いいたします。今、鳥取大学の農学部を休学しています。「畑をキャンパスにみんなの夢を描く」を目標に、“エクボ”という農業を通した自己実現団体、学生団体をつくっています。
絹: はい。ありがとう。竹内さんという若い鳥取大学の学生さんと、実はリアルで会ったことがないんです。オンラインのミーティングで一昨日出会って、意気投合しちゃった。そういうことでご登場です。今日の番組タイトルは、「畑のキャンパスにみんなの夢を描く“エクボファーム”ってご存じですか?~農業という表現方法」と題してお送りします。ちょっと何やら面白そうでしょう?なんだかBGMが聞こえないから、調子が出ないけど、スタジオから離れるとこういうトラブルもあります。では、竹内さん、エピソード1から参りましょう。
 

■エピソード1 “エクボ”ってなに?

●“エクボ”にしたわけ
竹: コンセプトは「畑をキャンパスにみんなの夢を描く」なんですけど、なんでまず“エクボ”という名前を付けたのかというところからお話ししたいと思います。“エクボ”になっている状態って、自分のやりたいことを好きなように表現しているのと、純粋無垢な少年少女のような状態なのかなという…。
絹: なんかかわいい表情みたいな感じですよね。
竹: そうですね。本当はここに農業というものも含めたいと考えたりしたんですが、でも僕らの本質は農業じゃなくて、農業を通した自己実現というか、自分たちのやりたいことを表現するというところなので、“エクボ”という名前を付けて、農業を通して将来役立つこととか、自分の成長につながることをやっていければと思っています。
 

●耕作放棄地を開墾することから始めました

絹: リスナーの皆さんに補足説明であります。竹内雄哉さんのフェイスブックページを覗きました。そうしたら「2018年10月耕作放棄地からのスタート」という文言がありました。おそらく“エクボファーム(EKUBO FARM)”というのは、僕が勝手に想像するんですが、この耕作放棄地が土台になっているんですね。
竹: 最初が耕作放棄地を開墾するというところから始まったというので。
絹: 大変だったでしょう?
竹: そうですね。もう本当に手付かずの耕作放棄地で、セイタカアワダチソウという草があるんですけど、僕の背より一回り大きいくらいのヤツが立っていて、それをなぎ倒しながら開墾するのは結構大変でしたね。
絹: 広さはどのくらいあったんですか。
竹: 広さは、農家の人には3反と言えばわかると思うんですけど、ちょっと細かい計算方法がわからないので…。
絹: 今、手帳の便利メモで、その反の面積を見ると、1反は300坪、1反は991㎡という感じですね。ですから3反なら900坪で、かける3.3㎡で…でかい!それを一人で開墾したの?
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※ひと刈り行こうぜ!

 

 

●ツイッターで仲間を集めました

竹: 最初は一人で始めたんですけど、これを一人でやるのはきついなと。と言うか、一人でやっていると楽しくなくて、じゃあ人を呼んで一緒にやろうと。
絹: そんなの、「えー!なんでそんなんやらんなんの?」と言われなかった?
竹: 僕は最初に「一緒に畑、やってみない?」という感じから「草刈りしないといけないけどね」ということを言ったら、ツイッターで今までかかわりのなかった鳥取大生の人から連絡が来て、「一緒にやりたい」と。
絹: ああ、ツイッターで反応があった。若い人って、感じですね。鳥取大生って、たくさんいるの?
竹: 全部で6000人くらいいると思うんですけど。
絹: 6000人いる!でも全部が農学部ではないよね。
竹: 全部が農学部生ではないですね。
絹: そのツイッターで反応してきた人は農学部生?
竹: 農学部生でした。
絹: 今、ちょっとだけ期待したのは、農学部以外の人が入ったら面白いのにとか。
竹: 僕の理想はそうです。
絹: すみません。突っ込みばっかり入れて。エピソード1続けてください。
竹: “エクボ”をつくったというのは、結果的にできちゃったというのがあるのですが、それこそ「一人でやっていると楽しくないよね」というところから始まって、「じゃあみんなで一緒にやったら楽しいんじゃね?」というところから人を集めて、チームになって…。
絹: 今、さらっと「人を集めてチームになって」と言いましたけど、それが大変じゃないですかね。人を集めるのが。でも結果的にうまいこと集まったわけですね。
竹: まあ、なんか意図せず畑をやりたそうな人を探して、友達から「そういう人がいるよ」とか話を聞いたりして、少しずつ集まってきたような感じですね。
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※集落のお祭りウグイつきにてコイとったぞ〜!

 

 

●こんな感じのエクボチームです

絹: 今、“エクボ”チームは何人くらい?
竹: 今は運営しているみたいな感じなのは、僕を含め4人くらいですね。
絹: コアメンバーが4人。で、コアメンバーじゃないけれど、声を掛けられたら「行くぜ」みたいな人は?
竹: グループが何個かあって、作業だけ楽しみたいというニーズがある人のグループと、“エクボ”から派生してできた八百屋さんをやりたいというグループがあって、そのグループがそれぞれ10人以上くらいはいますね。
絹: 結構な大所帯に育ちましたね。
竹: そうですね。今まで身内だけわかっていればいいという感じだったんですけど…。
絹: 2018年の10月でしょ?そこからだから1年半くらい経っているね。その“エクボ”の1年半、山あり谷ありについて、象徴的なエピソードを教えてください。
竹: 山あり谷ありというよりも、そこまで大きなことをしていないから、大きな失敗もなかったというのが正直なところなんですけど。
 

●ラップ米のこと

絹: でも3反、900坪、セイタカアワダチソウという自分の背丈よりも高いヤツをなぎ倒して、最低限畑っぽくしなければいけないでしょ。で、何か作れるところまでいったの?
竹: 去年はラップ米を作りました。友達がラップをしているので、それを田植えの時に聞かせて植えました。田植えというのは、昔、早乙女みたいな感じで、歌を歌いながら田植えをするという文化があって、「それをラップにしたら楽しいんじゃね?」というところから、去年はその畑を水田に変えて、田植えをみんなでした感じですね。
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※ラップを聞かせて育てたラップ米、順調に育ってます!

 

絹: 田植えに参加した人は何人くらいいた?
竹: 僕を含め6人、その他収穫とかで関わってくれた人がトータルで12人くらいです。
絹: ほう。ひょっとして世界を救う担当が竹内雄哉さんで、ケンタロウさんが世界を変える担当のラッパーのほうやね。
竹: そうですね(笑)。まあ、そういう名目で(笑)。
絹: シェアハウスしている同居人のケンタロウさんがラッパーなんですね。
竹: そうですね。
絹: そうしたら歌を聞かせて、稲を育てて、もう収穫まで行きついたんですか?
竹: 収穫まで行ったんですけど…。農家さんの人たちが聞いていたら恥ずかしいところなんですが、1反で米って、だいたい500㎏以上、普通は穫れるんですけど、僕たちは5㎏しか穫れなかったという結果で(笑)。1粒20円くらいするんじゃないかという高級米ができちゃったんですけど(笑)。
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※ラップ米を棚干し!
 

●日常の中に農業があるという暮らし方

絹: で、“エクボ”のそういう活動をする子と、畑をキャンパスにする子とで、作物をつくるのが実は目的じゃないんだよと。何かやりたいことを見つけて繋げていくということが“エクボ”チームの存在意義と言うか、目標だったんですよね。
竹: そうですね。
絹: その中で何か見えてきたものがありますか?
竹: 農業という表現方法というところで、タイトルにもあると思うんですけど、農業って、すごく自由だなと感じているんです。ちょっと地域の人との関わりというのは必要になってくるんですけど、何をしてもいいし、何をしても怒られないというのが、すごくいいなというところで、僕は農業を通して自分らしさみたいなものを表現できればなと思っているんです。例えばアーティストみたいにライブをするとか、そういうことではなくて、農業が一つのアイデンティティみたいな形で、日常の中に農業があるという暮らし方を、僕はしたいなと思っていて…。僕もここはまだ言語化ができてないので難しいところではあるんですけど。
絹: ここでリスナーの皆さんにちょっと介入解説をしたいと思います。今日のゲストの竹内さんと初めて出会った夜に、竹内さんはこういう言い方をしました。
「言語化能力が不足しています。自分は」と言うから、「じゃあラジオに出ろよ」と誘ったんです。すごく面白いことを考えていて、何かやらかそうとしていて、実際にできてる。でも言葉にする整理の作業中。そういうことを私に語ってくれた若者でした。ごめん、竹内さんにマイクを返します。
 

●単純作業のなかで、内なる世界を見る

竹: やっていてすごく思ったのは、作業一つひとつはすごく単純で、草取りとか、畝を立てるとか、すごく単純な作業なんです。その単純な作業中何をするかというと、考えることしかできなくて、その時に考えるきっかけになるのは、例えばムカついたことであったり、悲しいことであったり、うれしかったことであったり、感情から湧き上がってくる思考、思い出みたいなものを考えるんです。作業中。
絹: 畝立てやって、田植えやって、セイタカアワダチソウをなぎ倒して、本当はやってはいけないけど、野焼きもやるのかもしれないし、ごみを出したりする単純な作業のなかで、目の前のことじゃなくて、頭の中では別のエピソードがわさわさ沸いてきたりして、そういうプロセスを経験したんですね。
竹: そうですね。まあ、いわゆる瞑想みたいな、内なる世界を見ていくというか。
絹: わかるような気がする。お坊さんが着る作務衣の作務で、お掃除しているなかで、座禅を組んでいるのと似たような感じになるよみたいなことかな。
竹: そうですね。
絹: 何かそこで気が付いたこと、ありますか?そういう感じ方をしたのは竹内雄哉さんだけ?ほかのメンバーも、作業を手伝ってくれた人も、コアの4人のメンバーの方も、似たような感想を持った方はおられましたか?
竹: そこは僕が見つけた農業に対しての答えと言うか…。なのでまだメンバーに聞けてないというのが現状で。
絹: でもそこは深めて、他のメンバーに投げかけてみると、面白いテーマですよね。60過ぎのおっちゃんは、非常にその辺面白いと思います。というのは、僕自身もずっと座禅だとか、瞑想、マインドフルネス瞑想というのかな、そういう訓練を、興味をもってやり続けていますので、実は研究テーマの一つなんです。面白いなあ。
 

■エピソード2 なぜ農業をチョイスしたのか

●しんどかった時、自然が好きな自分を思い出しました
絹: さて、エピソード2に行きましょうか。なぜ農業をチョイスしたのか。
竹: なぜ農業を選んだのかというところで、僕はすごく自由に憧れていたと言うか、自由になりたかったという思いが昔からあったんです。それはなぜかというと、中学校の時、校則が厳しくて、「あれやっちゃいけない、これやっちゃいけない」とか、宿題ができてないことで先生にお伺いを立てなければいけない、何かそういう気を遣うことがすごく苦痛で、そういうことがあって、中学の時は不登校になっていたんです。そんな時に、ふと外から金木犀の香りがして、「自然が好きだなあ」ということを思い出して、高校は農業高校に行こうみたいなことを考えて、高校は農業高校に行きました。
絹: 農業高校から鳥取大学って珍しいことじゃないの?
竹: 僕の高校では初めて行ったみたいな感じではありましたが、まあどうなんですか、わからないです(笑)。
絹: 僕の勝手な、おっさんのイメージだけど、鳥取大学って結構入るのが難しい学校じゃないの?
竹: そこは言い回しが難しいですけど、どうなんでしょう。
絹: 大学受験でたくさんの大学に落ちた数十年前の経験があるものですから(笑)。すみません、続けてください。
竹: 農業高校に行って、農業の実習とかするじゃないですか。そうした時に自分らしくいられたというか、誰の目も気にせずに作業に没頭できたということがあって、それがすごく気持ちいいし、心が穏やかだったんですね。
絹: やっぱり土に近いとそうなるんだよね。土に近いと農だけじゃなくて、山に近いとそうなるような気がするし、海に近いとそうなるような気がする。
竹: 今までは外の刺激ばかりに目をむけていたんですけど、そこから自分てどうしたいのかなと思い始めて、内側に目が向き始めた気がします。
 

●作ることが目的ではなく、自分らしくありたいから

絹: なぜ農業をチョイスしたのかは、なかなか言葉にするには難しいですね。
竹: 作るのが好きとかそういうことではないから、すごく難しいですね。
絹: でも農業高校から農学部に進んで、農業の専門家になるつもりですか。
竹: いや、そこをはっきり図るために休学している感じで。
絹: それを聞いて、そんなに単純でないな、この男はと。何か休学の間に誰も考えつかなかったことを農業で、あるいは畑でやろうと、水田でやろうとしているのかなと。単にお米を、ラップ米を作ることが目的の人ではなさそうみたいなことを、勝手におっちゃんは感じたんですが…。
竹: 何かを作るということを目指しているのではなく、それを作った先に自分たちがどうなるかという、自分たちが一番やりたい表現ができているかというところが、やっぱり重要で、「自分らしくありたい」そこを僕は目指しています。
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※山の恵みアケビ✨
 

●農業つながりで出会えたらいいね

絹: このまちづくりチョビット推進室のごくごく最近のゲストに、中村光宏さんという、京都の伏見で米作りの近郊農家の若いラガーマンがいるんです。この方は米作りをしながら、田んぼ泥んこラグビーもお手伝いしていたり、伏見の竜馬商店街を元気にするのに力を尽くしたり、それから外国に餅つきを輸出して、外国でぺったんぺったん、みんなでこねて食べようぜみたいなことをやっていたりと、変な米作り農家なんです。そんな人の存在を聞いて、何か思うところはありませんか。
竹: そうですね、会ってみたいなと思いますね。
絹: 同じようにこのラジオで、お米について熱く語ってくれたんですけど、引き合わせたいような気がしますね。中村光宏さんと竹内雄哉くんと。ズームで京都・鳥取ナイトなんてできそうですね。
竹: できそうですね(笑)。
絹: リスナーの皆さん、今日初めてのトライアルでしたけれども、どうでしたでしょうか。鳥取大学のすごい面白い、農・畑・水田…。これを何か違う形で昇華させようとしている若者がおられます。中学の時に不登校と自らおっしゃいましたけれども、そういう方が内面に向き合いながらやるということが、何か私にとっては魅力的です。ぜひ、この方の存在をどこかで意識してもらえたらと思います。フェイスブックページとか、紹介してよ。
竹: 活動自体はツイッターでやっているので、@ekubo_farmで調べてもらえれば、僕のツイッターが出てくると思うので…。
絹: リスナーの皆さん、ぜひ検索よろしくお願いいたします。
この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして我らが京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。初めてのズーム、ありがとうございました。竹内さん、ありがとう!
竹: こちらこそ、ありがとうございました。
投稿日:2020/06/05

第154回 ・地域の居場所をつくる~上高野くらしごと研究所ってご存じですか?

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ら: らぁーちゃん 氏(上高野くらしごと研究所職員)
絹: 絹川 雅則 (公成建設株式会社)
※本収録は、新型コロナウィルスを考慮しまして、電話収録としています。

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお届けしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲスト、まだ私は2回ほどしかお会いしたことがないのですが、ご紹介いたします。上高野くらしごと研究所のらーちゃんさんです。
ら: はじめまして。上高野くらしごと研究所のらーと申します。
絹: はい。らーちゃんさんとお呼びします。リスナーの皆さん、今日は珍しく電話収録でして、らーちゃんさんの顔が見えないので、アイコンタクトを取れずにやっています。よろしくお願いします。では自己紹介をお願いします。
ら: 私が活動する「上高野くらしごと研究所」という場所は、メンバーとサポーターを合わせて30人ちょっとくらいですが、基本的に田畑や里山など自然とつながる暮らしを大切に、そういうのが好きな人が自然に集まって、一つのコミュニティを運営しています。
絹: すみません、番組タイトルを言うのを忘れてました(笑)。今日のタイトルです。「地域の居場所をつくる~上高野くらしごと研究所ってご存じですか?」と題してお送りいたします。
 

■エピソード1 らーちゃんさんとの出会い

●「みんなの食堂」におじゃましました
絹: 私とらーちゃんさんとの出会いを、ちょっとご紹介することで、らーちゃんさんの自己紹介と言うか、くらしごと研究所のなんたるかをお伝えしようと思います。
時は令和2年3月6日のことでありました。フェイスブックにおもしろいイベントが掲載されていまして、確か、野草マダムことホウさんのイベントではなかったですかね。
ら: 「みんなの食堂」ですね。
絹: 実は、このチョビット推進室のヘビーリスナーの方でしたら、覚えていらっしゃるかもしれませんが、私は「地域の居場所」とか、それの絡みで「こども食堂」の特集もつくったことがありまして、こども食堂っぽい匂いがしたので、自分で作った豆カレーを…。
ら: ああ、美味しかったです。
絹: 「はじめまして」と持って行って、それで野草てんぷらとかごちそうになったんでしたっけ。
ら: そうですね。お雛様だったので、ちらし寿司とてんぷらを作っていたように思います。
絹: 確かあの時は、もう新型コロナウイルス騒ぎと言いますか、学校が休校で、子どもたちの居場所がないねという、そんな時でしたね。
ら: そうですね。
絹: それでも「みんなの食堂」を開けていらっしゃるというニュースを聞きつけて、どんなとこやろとおじゃましたのが、3月6日でしたね。その時、どんなことをやっていらっしゃったのか、お話しいただけませんか。
 

●「みんなの食堂」こんな活動です

ら: あの時は、「みんなの食堂」自体は去年の7月から始めて、まだ半年くらいしか経っていない状況だったんです。去年の7月に思い立って始めました。はじめは土曜日だったのですが、平日の夜ご飯にしようという話になって、2時スタートで、学校帰りに来てもらって、一緒にご飯を作って、夜ご飯を一緒に食べるみたいな形にしていました。ところがコロナの影響もあり、学校が休みになったりして、平日子どもたちの行き場がなかったりとか、鍵っ子になって一人でご飯を食べている子どもが多くいるのではないかという心配から、昼間の開催にしようとなったのが3月からなんです。
 

●上高野くらしごと研究所、ゆるいつながりです

絹: そういうところを運営していらっしゃるサポーターも含めて30人のチームが、上高野くらしごと研究所です。そういう理解でいいですか。
ら: 上高野くらしごと研究所自体は、メンバー、サポーターの中にもそれぞれやりたいこととか、興味のあることが違うので、みんなが力を合わせて一つのことをしようという結束力と言うか、あまりないところなので(笑)。私が「みんなの食堂やる」と言ったら、「ああ、じゃあ手伝おうかな」みたいな軽いノリで手伝ってくれる人がいたりとか。
絹: えらいゆるいですね。
ら: そうなんです。みんなで絶対決めたことをやろうというノリではないので、関わっている中でも私とホウさんと2人がそれをやっていたら、他のメンバーとかサポーターの方が「ちょっと今日手伝いたいから行くわ」「ご飯食べたいから行くわ」みたいな感じの、本当にゆるいつながりでできています。
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■エピソード2 くらしごと五右衛門という場

●おくどさんのある古民家で
絹: そんなところに私が飛び込んじゃったわけです。フェイスブックのイベントが立ててあって、三宅八幡の叡電の駅から歩いて5分くらいの所でした。本当に立派なおくどさんがある、ちょっと昔の、親戚の、農家のでっかい家というイメージです。新型コロナの関係もあって、縁側は開けっ放し。もともと古民家だから、風通しはめちゃくちゃいいですよね。
ら: そうですね。南も北も全部窓がガラッと開けられるので、開けっ放しにして、さらに縁側でご飯を食べようみたいな形で開催しました。
絹: 小学生どころか、ハイハイするようなベイビーも何人か来ていたんとちゃいます?
ら: そうですね。赤ちゃん連れのお母さんなんかもよく来ていただいています。
絹: 女性比率がわりかし高め?
ら: そうですね。開催自体が第一金曜日の10時からとかいう形なので、なかなか男性で働いている方は来にくい時間帯というのもあるかもしれませんね。
絹: 若い方はおくどさんの経験がないかもしれませんが、私は昭和の30年代の生まれで、ギリギリおばあちゃんの家に行った時に、五右衛門風呂を沸かしたり、おくどさんの御釜でご飯を炊く、薄い記憶が残っています。そこではちゃんと現役で、おくどさん立派に釜でご飯を炊くということを、すごく和気あいあいと、みんなでやったはりました。それにもびっくりしました。
それであの古民家を五右衛門さんと言うんですか?
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●五右衛門は屋号なんです

ら: 上高野自体が九左衛門さんとか二左衛門さんとか、数字がついた屋号をつける家があるんですけど、それの五右衛門の五ですね。
絹: 大家さんが五右衛門さんというのではないんですね。
ら: 大家さんの屋号ですね。
絹: そこを借りて、あのでっかい古民家をシェアしてはるんですね。
ら: ええ、メンバーみんなで家賃を負担しあって、あそこの場を残していこうという形で運営しています。
絹: リスナーの皆さん、おもしろいでしょ?本当にね、「これはすごいわ」というような古民家、ちょっと改造もしてあって、暖炉というか、薪ストーブみたいなのが、デーンと座っている部屋もあしましたよね。
ら: 薪ストーブは去年入れたばっかりで。
絹: シェアハウスということは、住んでおられるんですよね。
ら: いえ、シェアハウスではなく、誰も住んではいないです。
絹: 拠点として借りておられるわけですか。
ら: たまに野草料理のごはんとかは拠点が園部の方なので、市内で活動する時に、一晩泊まったりとかいう形ではあるんですけど。
 

●野草マダム・ホウさんのこと

絹: 今出てきました野草料理のホウさん、らーちゃんさんの盟友と言いますか、お師匠さんですか?
ら: 師匠です。
絹: 私は勝手に「野草マダム」とあだ名をつけましたが、野草マダムことホウさんについて、リスナーの皆さんに教えていただけませんか。
ら: ホウさんとの出会いは、たぶん7~8年くらい経ったでしょうか。たまたま友達の家で「野草を広めたいんやあ」と言って入ってきたおばさんがいまして(笑)、その人がホウさんでした。もともと綾部を拠点に活動されている野草料理研究家で若杉友子さんという方がおられるんですが、結構本も出しておられて、「若杉ばあちゃん」と呼ばれている方で、その方のお弟子さんにあたるのがホウさんなんです。ホウさんは若杉さんからいっぱい勉強をされたうえで、独立して、さらに野草料理を広めていきたいというタイミングで、私と出会いまして、そこから一緒に「野草料理を伝える会・京都」という名前で、今活動を続けているんです。
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    左:ホウさん       右:らーちゃんさん
 

●野草料理を伝える会・京都

絹: リスナーの皆さん、これも覚えておいてくださいね。「野草料理を伝える会・京都」。
ら: フェイスブックのページとかもあるので、検索してもらったら、そこに色んなイベント情報とかも載っているんですけど。
絹: まあ、熱いマダムですよ。
ら: もう本当に元気な、はい(笑)。
絹: もうええ御年だと思うんですけど、肌など艶々されていて、子どもたちとお母さんたちと皆さんで野草を摘みに行くんです。そして「これは○○」とか教えてもらって、この間は土筆もありましたね。
ら: 今なら土筆、ヨモギ、ハコベ、カラスノエンドウとか、その辺がどこにでも生えていて、すぐにパッと食べられる野草ですね。
絹: この間はおひたしでしたっけ、てんぷらでしたっけ。
ら: 基本的に野草はあくが強いので、揚げて食べる形か、しっかりあく抜きして、水でさらして、おひたしにするという料理法が多いですね。
絹: 小さい子が「僕もてんぷら揚げる!」と言って、かき揚げみたいなのを手でくっちゃくっちゃやって、お母さんが「これ、熱いよ!はねるよ!」とか言いながら、親子でてんぷらを揚げてられたんです。まことに微笑ましい姿で、素晴らしい空間やなと思ったのが、2回目におじゃました4月6日のことでした。あの時はおうどんをやっておられましたね。
ら: あの時もてんぷらを揚げていたんですけど、ヨモギうどんと言って、生地にヨモギを練りこんでうどんを作ろうと言って、そのうどんと野草のかき揚げを揚げていましたね。
絹: うまかったですよ。皆さん。
ら: ありがとうございます(笑)。
絹: 「おっちゃん、食べる?」とか言って、幼子から手渡しされた野草てんぷらの美味しいこと!リスナーの皆さんの中に少しは映像が結べたでしょうか。
 

■エピソード3 地域の居場所をつくるということ

●くらしごと五右衛門 そもそもの始まり
絹: タイトルに戻りますと、「地域の居場所をつくる」というタイトルを頂きました。そもそもこの上高野くらしごと研究所、2014年に地域の居場所をつくろうと思われたあたりを少しひも解いていただけますでしょうか。
ら: はじめは東京から来られたギタリストの方(今もメンバーなんですけど)が、2年くらい住んでおられたんですが、屋敷として広すぎて住むには使いにくいということに途中でわかったわけです。一方で、同じ大家さんのアパートが五右衛門の目の前にあるんですが、そこが畑付きのアパートという形で、そこに住んでいた住人たちが、もともと自然が好きで住んでいる方々が多いわけです。そこで「古民家残したいよね」とか、「畑とか田んぼとかやりながら、おくどさんがあるスペースをうまく使えないかな」みたいな話が起こったわけです。
「くらしごと」という名前自体も、「くらし」と「しごと」を繋げて何かをしていこうと。だから初めは「地域の居場所をつくろう」と始めたわけではなくて、どちらかというと自分たちの暮らしと仕事というものを考えて、自然とともに繋がっていく暮らしみたいなものをやり始めたのが始まりなんです。
 

●五右衛門マルシェをまず始めました

ら: 実は私は最初の立ち上げメンバーではなくて、そこから1年くらい経ってから関わりだして、その中で私がやれることと言えば、マルシェにご飯を作って出店したり、音楽関係のつながりがすごく多かったので、そういうイベント的なことをこの場でやりたいなと。上高野自体は結構広い地域なのですが、私たちがいる五右衛門の近くにはお店が一軒もないような地域なんです。花園橋とか国道沿いまで出ないとコンビニもないような地域なので、地域の人がお茶を飲みに来れたり、ちょっと買い物ができたり、誰かと会って話をする場もつくれたらいいなと、私がそれをはじめに思いまして、マルシェを一回やってみるのでということで…。
絹: それが「五右衛門マルシェ」?
ら: そうです。1年前から「くらしごとマルシェ」に名前が変わったんですけど、それをもう1人のメンバーと2人で立ち上げて、今年で4年目になるのかな。
絹: 4年かあ、続いてますね。リスナーの皆さん、手元資料をちょっとだけ読みますね(今は変わっているかもしれませんが)。「隔月、奇数月の第3土曜日に開催されるフリーマーケットのことを五右衛門マルシェ、くらしごとマルシェと言います。無農薬野菜や雑貨、おくどさんランチ、石窯ピザ」あ、石窯もあるんや!
ら: 裏庭に石窯がありまして、そこで隔月のマルシェの時に、ジェニーちゃんという友達がピザを焼いてくれています。
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絹: おお、すごい。「マッサージ、天然酵母パン、ドリップコーヒー、アレルギー対応スイーツ、若狭直送鮮魚」いっぱいありますね。
ら: 毎回出店する方は変わっていくので、毎回同じ人が出るということはあまりないんですけど、くらしごとメンバーの中でも、コーヒーを焙煎して販売しているとか、色んな能力のある人が集まっているので、メンバーだけでも楽しんでいただける要素は高いと思います。
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●面白いヒトが集まってくる不思議な場所です

絹: 不思議な場所なんですねえ。
ら: 本当になんでこんなに人が集まって、こういう活動になっているのか、私も自分がやっていてよくわかっていないんですけど(笑)。
絹: チョビット推進室の私自身が、なんか知らんけど、なんか匂いがすると。こういう所に行くと、きっと誰か友達とか知り合いが関わっているに違いないと思ったら、ドンピシャでしたものね。
ら: そうでしたねえ。話していてびっくりしました。「その人とも繋がってはるんですかあ」みたいな(笑)。
絹: シンガーソングライターの阿部ひろ江さんとは、まちの縁側のハルハウスという千本北大路のところで出会いましたし、インパクトハブだとかホームズビーで活動している浅田雅人さんもそこに出入りしていたらしいし。
ら: そうです。メンバーです。活動を一緒にしています。
絹: それから熊倉さんという元慶応?今は退官されたのかな。大学教授の先生もその近所に越してこられてとか、不思議やなあと思ったら、やっぱり不思議です。
らーちゃんさんが立ち上げメンバーではないけれど、マルシェやったらできそうやと2015年から始められたと。近所の人は驚かれたけれども、「よかったわあ」みたいな形で、「寄る所なかったし、お店も少なかったし、また来るわあ」みたいになったんですか。
ら: 私が始めた頃は色んな所でマルシェが開かれるようになった時だったんですが、おくどさんがあったり、古民家でしている所はあまりなくて…。
絹: それはレアでしょう。
ら: 近所の人も「前は通っていたけど、この中がどんなになっているか知らなかった」みたいな感じの方も多かったので、毎回300枚から最後は600枚、700枚とかチラシを刷ってポスティングを毎回やって、近所の方が来てもらえるように地道な活動をしていると、「チラシが入っていたので来ました」みたいな感じで、地元の人が楽しんできてもらえるような場になっていました。
 

●里山整備活動のこと

絹: その地元の方の中に、若いお母さんとか、男性とか、里山整備活動とかもやっておられるでしょう?徒歩10分の所にある里山の竹林整備までやっているって。はじめはそんな人、たぶんいらっしゃらなかったのではないかと想像するのですがどうですか。
ら: 竹林と里山はまた違うんですけど、徒歩10分圏内にありまして、同じ大家さんの場所で「好きにやってちょうだい」みたいな感じで(笑)。
絹: すごい太っ腹の大家さん。
ら: そうなんです。元は里山整備の方が先に始まった感じですね。
絹: 里山整備、うまいこといっています?
ら: 肉体労働で、続いてやっていける男性の方が減ってきている状況のなか、コロナ騒ぎのせいもあったのか、「自然に帰る活動をしたい」みたいな連絡が入ってくるようになり、今年は里山の活動が活発になるのではないかと思っています。
絹: 僕などは企業のインターンシップとか新任研修なんかに、そんなのを取り入れられたらいいのになあと見ていたことがあるんです。チームビルディングにいい感じですものね。この間「くらしごと」さんでチェーンソーをガードするズボン、かっこいいやつをはいたお兄さんに会いました。「それ、ひょっとしてチェーンソーが当たっても大丈夫なやつですか?」と言ったら「そうですう」と。やっぱりあの人がやっておられるんでしょうね。たぶん。
ら: たけちゃんかなあ。今、メインで動いてくれている里山担当の人がいて、その人と今週末も椎茸の菌うちとかしたり、今山菜がよく出てくる時なので、「コシアブラ」をみんなで採ったり、そういう楽しみも含めながら、里山を続けていくという形で、今頑張っています。
絹: リスナーの皆さん、お聞きになっていかがですか。里山整備活動の中には蜂蜜作りまで入っているんですよね。ここ、もしご存じなかった方は、「上高野くらしごと研究所」あるいは「くらしごと五右衛門」でしたっけ。
ら: 「くらしごと五右衛門」で検索してもらったら、フェイスブックのページとかも出てきます。
 

●「上高野くらしごと研究所」「くらしごと五右衛」、ぜひお留め置きください

絹:  ここはいいですよ。面白い。色んな可能性を秘めている場所ですし、もともとらーちゃんさんがこれを始められたのも、「昔の水くみ場みたいな形で井戸端会議できる場がこの世の中から消えてしまっている」みたいな思いがあったそうですね。
ら: そうですね。 
絹: 実際にそういうことがここでは復活しているフシがありますし、僕はらーちゃんさんがお留守だった時も含めると3回おじゃましたのですが、すごく気持ちのいい空間です。
ら: ありがとうございます。
絹: 僕は「くらしごと研究所」の初心者ですけれども、ご紹介させていただきました。らーちゃんさん、今日は本当にありがとうございました。またおじゃましますね。
ら: こちらこそ、ありがとうございます。また是非来てください。
絹: リスナーの皆さん、いかがでしたか。ぜひ、お耳の端に「上高野くらしごと研究所」「くらしごと五右衛門」お留め置きください。
この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。ありがとうございました。
ら: ありがとうございました。
投稿日:2020/05/18

第153回 ・我らが西部土木事務所のかくれた仕事~宕陰(とういん)自治連合会さんとの連携プレー

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黒: 左・黒井 賢司 氏(京都市建設局 西部土木事務所 所長)
藤: 右・藤井 那保子 氏(京都市建設局 西部土木事務所 次長)
石: 中・石塚 強 氏(京都市建設局 西部土木事務所 技術調整係長)
絹: 絹川 雅則 (公成建設株式会社)

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソード、特に隠れたエピソードをご紹介しております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲスト紹介に参ります。われらが京都市建設局から気鋭どころが、お三方お越しになっております。皆さんご存じの通り、私の本職は建設屋でございます。ラジオをやっているのは、仮の姿。ということで、今日は京都市建設局、西部土木事務所より、まずは黒井賢司所長、土木所長のほかに監察主任というサブタイトルもついていますが(笑)、監察というのは「お前、仕事ちゃんとせえよ」という監察ですか?
黒: 一応、所長の役割として、その監察という役割も担っております。
絹: そして監察される側(笑)ですが、同じく西部土木事務所の技術調整係長であらせられる石塚強さん。
石: はい、石塚です。よろしくお願いいたします。
絹: 監察されています(笑)?
石: はい、日々、所長から厳しく監察されております(笑)。
絹: そして紅一点というか、最も男前と言ってもいいかもしれません。当チョビット推進室のヘビーリスナーの方でしたらご存じかもしれませんが、今回4回目のゲスト登場です。われらが藤井那保子さん、次長をされています。
藤: はい。藤井と申します。ご無沙汰しております。よろしくお願いします。
絹: ご無沙汰しております。建設局がらみでスマートフォンや携帯のアプリを、建設局さんは京都市の高度技術研究所と一緒につくられたことがありましたよね。あれは何と言いましたっけ?
藤: みっけ隊アプリ」ですね。
絹: 一般の市民が例えば「道路に穴が開いているけど、大丈夫かな」とか、「電柱についている電灯が切れている」とか「フェンスが痛んでる」とか、「マンホールが傾いている」とか「溝蓋ずれているよ」というのを、写真でパチッと撮って、アプリケーションをダウンロードして、勝手に土木事務所に送ってくださるという、優れたシステムがあったんですよね。今も生きてますよね。
藤: 今、私は土木事務所の方にきて、作った側から利用する側に来ているわけですが、やっぱりヘビーユーザーの方がおられます。「区画線が消えています」という投稿をかなりたくさん送ってこられて、それを石塚係長と一緒に、予算の制約のあるなか、どこから直していこうかみたいなことを話し合っています。「使ってくださっている方は、使ってくださっているんだなあ」と喜んでいます。
絹: この番組リスナーの中にも「みっけ隊アプリ」をダウンロードして、市民の足元を支えるインフラについて興味を持ってくださったり、「サッカーのサポーターばかりがサポーターじゃないぞ」とばかり「京都市のインフラのサポーターだって、ここにあり!」みたいな人たちが、先ほどのヘビーユーザーの方のように、いらっしゃったり…。
藤: そうですね。ありがたいことだと思います。
絹: 実はあの番組を作ったとき、すごくうれしくて、建設屋の目から見ても、土木ファンというか、インフラファンが増えるのはありがたいなと思った、かつての記憶です。
さあ、今日の番組タイトル、テーマです。「我らが西部土木事務所のかくれた仕事~宕陰(とういん)自治連合会さんとの連携プレー」と題してお送りします。
 

■エピソード1 山間部の道路を考える

●右京区は実は非常に広いんです
絹: それではエピソード1「山間部の道路を考える」から入らせていただきます。すごく素敵なエピソードが拾えましたので、建設局西部土木のお三方のお口を通じて、教えていただこうと思います。
石:   西部土木事務所は色んなことをしているのですが、日常は道路や水路などの維持管理をさせていただいています。管内で言いますと、中京区、右京区の両区を管轄しているのですが…。
絹:  右京区はやたら広くないですか?
石: 右京区は広いですねえ。街中もありますし、高雄や中川、一方では亀岡の手前の宕陰までが右京区ですので、その全域をカバーしております。
絹: 宕陰地区と言いましたら、どんな字を書きましたでしょうか。愛宕さんの「宕」でしたっけ。宕陰地区というのは、ひょっとすると亀岡周りで行った方が早いケースすらあると。京都市内の西部土木や右京区役所から車で行くと、結構遠いですよね。
石: 40~50分くらいはかかりますね。
絹: 皆さん、「右京はすごく広いですね」と言ったのは、そういう時間感覚です(笑)。京北町がごく最近、右京区に編入されましたよね。
 

●台風や大雨、被害が多いのは山間部の道路です

石: 中京区と右京区を管理しているわけですが、その中でも山間部と言われる地域、先ほどお話にありましたような宕陰地区、水尾地区、高雄、中川あたりまでやっています。特に山間部については、そこに対するアプローチと言いますか、やはり道路が市内のようには整っている状況ではなくて、その中でもこの西部土木事務所としては、街中と同レベルの公共土木施設の維持管理をやっていきたいと思っているところでございます。
絹: ところがお財布は限られていると。いつも行政の方が悩まれるのはそこですね。
石: そうですねえ。
絹: 162号線と日吉美山線というのが大事なパイプというか、道であるわけですけれども、リスナーの皆さんは162号線と言ったらイメージできますでしょうか。あるいは日吉美山線と言ったら、景色が出てきますか?車で走っていてどういう景色が162号線、日吉美山線、見えてきますか?
石: 162号線であれば高雄地域とか集落がありまして、日吉美山線であれば水尾地域や宕陰地域など集落があるのですが、その集落との間が山間地域ということで、細い道で、風などがあると山から結構倒木が多いというところで、他にアクセスする道路がないので、そこが止まってしまうと、そこの集落が孤立状態になってしまうというところが最大の課題というところがあります。
絹: 最近は台風や大雨があって、倒木被害がたくさんあったのもこのルート沿いでしたか。
石: そうです。162号と日吉美山線というのはやはり多いです。
 

●緊急出動の難しさ

絹: 実は私の本職であります建設の仕事の中で、「単契」というチームがあって、緊急出動して倒木処理などをしてくれる人たちがいるんですけれども、そういう中でも西部土木の皆様との連携プレーが日々起こっているわけですね。
石: そうです。我々も西部土木の事務所の職員で対応できる倒木の処理、木を伐採したり、落ちている木を処理するということはできるのですが、やはり木の高さが高いところだったりすると、特別の高所作業車などを業者さんにお願いして、緊急的に出動していただくことは多々あります。
絹: 自分自身は職人さんとしてやったことはないのですが、緊張感はありますね。「内部応力」というのでしょうか、チェーンソーで切ったとたんにボーンと跳ねてくる映像を見たり、京都府の演習林で前の小石原副知事さんと一緒に間伐経験をしたことがあったのですが、「切りようを間違えると怪我をするから、細い木でも気を付けないとあかんで!」とものすごく言われました。そんな記憶が蘇ってまいります。
 

■エピソード2 大雪について

●平成29年1月の大雪と女子駅伝
絹: さて、平成29年の大雪について、那保子さん、お話しいただけますか?
藤: 実は今日、寄せてもらっている三人は、平成29年1月当時、大雪の時は西部土木事務所にいない状況ではあるので(笑)、いろいろ聞いたり、いろんな資料を見たりというところなのですが、ちょうど全国女子駅伝が開催するかどうかというのが、危ぶまれたタイミングでした。
絹: その当時のことはご心配なく。わがチョビット推進室はアーカイブの中に、女子駅伝の舞台裏を表現した番組がありまして、その当時は黒井所長の御前任の長尾課長が所長をされていて、長尾さんもここに出演されました。
藤: 平成28年度になるんですね。その時に大雪があって、大変だったみたいですね。私らはテレビで、「ああ、やってるな。スタートしたな」というふうに見てたんですけど(笑)。
絹: その時大変な目にあった、うちの中堅の名越マネージャーと、長尾さんにここでしゃべっていただきました。うちの土木部の元締めの籔田は駅伝の時、選手が走るのよりも、成績よりも選手の足元の道路ばっかり、テレビでジーっと見てたという…。やっぱり普通の車が通る除雪ではなくて、駅伝の選手がこけない、けがをさせない除雪を、みんなでやらなあかんということで…。
でも駅伝の区間だけを除雪したらいいのではなくて、西部土木が見ておられる区間は、他にいっぱいあったということですよね。
 

●大雪と山間地域の孤立

藤: そうなんです。どうしても駅伝がクローズアップされますけど、実は隠れた所で、山間地域、162号線や日吉美山線が雪で全く動けない状態になったというのが、その平成29年1月の大雪ですね。
絹: 今日のキーワードに繋がるお話です。除雪作業に手が追い付かない、162号が優先やと。宕陰地域の孤立が起こったということですが、孤立についてのコメントをいただけるとわかるやすいかなと思うんですけど。
藤: 宕陰はどちらかというと、国道477号という亀岡側に近いので、まだ孤立の時間が短かったんですが、実は水尾地域ですね。
絹: ああ、柚子の水尾。
藤: 柚子の水尾が、最後まで孤立していて、大変だったようです。
絹: 京都市の中心市街地にお住まいになっていらっしゃる方はなかなかイメージしにくいと思うんです。でも同じ右京区で雪のために孤立してしまうエリアが実際に厳然としてあったというのを、同じ京都市民としてイメージしていただけたら助かります。
藤: その孤立の時に、このままではいけないよねと考え、地元と除雪の契約を結んでいこうという話につながったようです。3~4日孤立していたみたいなので…。
 

●困難を極めた除雪作業

黒: 嵯峨側から順番に取っていくのですが、当然、積雪がかなりある上に、積雪だけではないんですね。やはり雪の重みで木が倒れますので、その処理もしていかなければならないということで、片側から攻めていっても能率が非常に悪い。除雪のスピードが遅いという現象が当時は起きました。
絹: ここに当時の写真資料が少しだけあるのですが、積雪状況、国道477号線回り、田池とあります。1月16日、これは平成29年ですけれども。あと定規の大きいような積雪を測る物で56.5㎝、それから愛宕小学校前、1月17日、60㎝。バス停の看板の柱に雪がびっしりついていますね。それから除雪状況は、越畑から477号、1号機、2号機とこれはブルですね。越畑から水尾にかけて1月19日、細い道を…。
※下記画像をクリックで拡大できます。
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藤: 結構な距離がありますのでね。
絹: 所長がおっしゃるように亀岡からと嵯峨野からと両方で攻めないとあかんと。大変やったやろなあと。3日4日缶詰めになったら、どうされるのか。電線もひょっとしたらいかれることがありますよね。
藤: 私は右京区役所にいたときに、水尾や宕陰地域の活性化に入っていたことがあって、それの経験からすると、やはり山間地域の人たちって、実はすごく強いんですね。食料も自分たちで作っておられますし、きれいな水もありますし、だから何とか3日~4日で開通できて持ちこたえてもらえたのかなと思います。でも高齢化が進んでいるので、もし病気でもされると、やはり生命線である日吉美山線はとても重要なのです。
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絹: そういう除雪のお手伝いをするのが、地元の建設業者の仕事の一部分でもあるわけです。たまたま西部土木さんの元でお手伝いをしているのがわが社であり、他の北部土木さんとかは別の会社が行ったりして、それは入札で決まるんですけど。
 

■エピソード3 地元との契約に至るまで

●道を熟知し、常時着手できるからこそ
絹: どうやら地元の人は地元の人で手をこまねいていたわけではなくて、西部土木さんが行政のお仕事として除雪をしてくださるのに、「協力しようか」という人たちがいるらしいと。そういう存在に気付かれたわけですよね。
石: 雪がそれだけ降ると、道路の状況とか突起物などが除雪の作業車に引っかかっていることも多々ありまして、そういう道路状況を熟知されている方や…。
絹: やはり地元の方が一番ご存じですからね。
石: また、除雪が必要な時というのは、休日も関係ないですし、特に早朝から作業に入らないといけないということもございまして、道路状況を熟知しておられることや常時着手していただけるということで、地元の自治会さんと協力させていただいて、除雪の作業の委託をさせていただいているというのが現状です。
 

●通常の除雪のプロセスは…

絹: 今ご説明いただいたのは、到達点の部分なのですが、それに至るまでの第一段階として、実は「たんけい(単契)」という仕組みで、地元の建設業者であるわが社が出動いたします。そういう時は西部土木さんから待機命令がまず出て、「天気予報では降りそうだから段取りして」と。そこで雪をどける能力を持った重機をそこへまず運んでいく必要があります。それからオペレーター、運転手さんを段取りする必要があります。今までは西部土木さんの指示で、地元の建設業者がそういう重機回送とオペレーターの手配をして運んでやっておりました。ただ、雪が降って運んでいくのも、実は大変な苦労をいたします。
藤: まず運べない。持っていけないという…。
 

●潜在能力の発見―こんな人がいる!

絹: 地元の道路状況を熟知しておられた人たちって、どんな方なんですか?
藤: もともと地元の方で、農業ももちろんやられておられる方なのですが、雪がよく降る地域なので、自分の家の前だけをちょこっととか、よくやられていたわけです。
絹: 農業用の機械を仕事で乗りこなしていた人がおられて、なんか似てるよなと。で、自分の町内とか、お隣さんとか、頼まれたらちょっと雪をどけたりしていたと。トラクターに雪を押すための鉄を湾曲したような板をくっつけて、雪をどける能力のある人がボランティアでやっておられたわけですね。
藤: そうです。それは昔からずっと地域の中でやってこられたわけです。
絹: それに目をつけた人がいた!地元の建設屋が市内から重機を調達して、オペレーターを調達して、汗かいて「どうやって接近するねん」という苦労をするよりも、もともと地元にそういう機械があって、それをお借りするなり、行政とそういう方が握手をされたら何が起こるかという発想をした人物がいたと。それがたまたまうちの籔田?(笑)
藤: おそらく当時の緊急業者であった公成さんが、「地元でこういうことをやっているよ」と。
絹: 情報として上げてきたわけですね。今は地元の方と協力の協定のようなものは、西部土木さんとあるのでしょうか。
石: 契約をさせていただいています。
絹: つまり地元の方が公共工事を請けておられるわけですね。
石: そうです。
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●地元の力とそれを活かす行政力と

絹: それは到達点ですけれども、そこに至るまでに建設業者の協力を地元の方々がしていただいている段階を通じて、今の握手になったわけですよね。ここは僕はすごいことが起こっていると思うんですよ。地元に元からあった潜在能力を西部土木さんは拾い上げてくださったと。
藤: 籔田さんを通じて(笑)。
絹: いやいや、でも「そんなもんあかん。全然ない」と言われたら終わりじゃないですか。今、日本全国、非常事態宣言中だと思いますが、インフラを整備して、一般の市民の足元を、便利な生活ができるように苦労しておられるなかで、これが起こるというのはすごいことだと。だから今日お三方に来ていただいたわけです(笑)。この出来事、どう思われます?
黒: 先ほど絹川さんがおっしゃったとおり、地元の方と契約するというのは、なかなか役所的にはハードルの高いことやったと思います。普通なら建設業者さんと契約するところなんですが、やはりこれから先は、今までのやり方とか、そういうものに囚われず、色んな広い目で見るとすごい結果が出てくるのかなというのが、正直な感想でございます。
石: 先ほども申し上げましたように、地元の道路というのは、地元の方が一番熟知されているということもございますので、今後も我々行政だけではなくて、地元の住民の方も一緒に維持管理していくような仕組みづくりが必要かなと感じております。
絹: 市民の在り方として、共に働く、協働という言い方がありますが、進化した市民と行政のタイアップの仕方の一つ、大変すごい例かなと。所長がおっしゃるように、これにとどまらず、色んな分野で行政と市民の助け合いが起こるといいですね。
リスナーの皆さん、今日のお話、本当に一端でしたけれども、お聞きになっていかがでしたでしょうか。人知れず皆さんの足元を支えるために働いていらっしゃる行政の方々の動きにも、時々注目していただけたらと思います。
この番組は心を建てる公成建設の協力と京都市景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。ありがとうございました。
投稿日:2020/05/18

第152回 ・対話とまちづくり~総合企画局の悪だくみ 何やら面白い事が起こりそうです。

ラジオを開く

佐: 佐藤 晋一 氏(京都市総合企画局 総合政策室 SDGs・市民協働推進部長)
絹: 絹川 雅則 (公成建設株式会社)
総合企画局佐藤晋一B1
        佐藤 晋一 氏

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお届けしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲストにお招きしましたのは、このラジオカフェのスタジオから結構近いです。京都市総合企画局で市民協働を担当されている部長さんです。佐藤晋一さんです。佐藤さん、よろしくお願いいたします。
佐: よろしくお願いします。こんにちは。
 

■エピソード1  京都市未来まちづくり100人委員会、ご存知ですか?

●出会いは100人委員会
絹: こんにちは。ということで、佐藤さん、実は「いがぐり兄ちゃん」と、失礼なんですが、自分の中では呼んでおります。出会ったのがだいぶ前ですよね。
佐: 平成21~2年くらいでしょうか。
絹: リスナーの皆さん、「京都市未来まちづくり100人委員会」というのがあったのをご存知でしょうか。実は最初に「いがぐり兄さん」こと佐藤晋一部長にお会いしたのは、その頃だったんですよね。で、この「100人委員会」をご存知でない方に、佐藤さん流に「100人委員会」を読みとくとどういう風にまとめられますか。
佐: 「100人委員会」は平成20年の9月から平成27年度まで5期にわたってやっていた、まちづくりの場みたいなものなのですが、市民の方々の市政への参加と自主的なまちづくり活動を応援しようという目的でやっていました。ワークショップみたいなものを開いて、対話を通じて、自主的なまちづくりの活動に繋げていこうという狙いで開催をしていました。
絹: これは高度に実験的な試みであったと記憶しております。そしてチョビット推進室の絹川自身が0期から3期まで事務局と3期は委員もやっていて、その中で佐藤さんと出会ったんです。佐藤さんは今、上手にまとめてくださいましたが、それを私流に敢えてくだけて、誤解を恐れずに表現しますと、「京都市による、やらずぼったくり詐欺企画?」(笑)。というのは、御池創生館と言って、御池中学の地下に大きなホールがあります。そこに月に一回の土曜日、100名プラスアルファの市民をほぼ公募で集めて、みんなで対話するんですよね。「京都市、どうしたらええ?」「京都市、何をやったはらへんと思う?」「京都市の何が問題やと思う?」というのを、行政の人が課題を出すのではなくて、市民が出すんですよね。そしてプロジェクトチームがワサワサ生まれて、勝手に動き出すと。そして京都市側がそのサポートに入るという、そんな位置づけでしたっけ。
 

●対話のプラットフォームとして

佐: そうですね。行政側が何か課題を提示するのではなく、課題を洗い出して、どんなことができるかも全て、市民の方々の対話の中から生み出していく、そういうプラットフォームでした。
絹: その事務局に在籍しておりましたので、生でその姿を見て、悲喜こもごも、紆余曲折、時々は議論が白熱して、「オモテへ出ろ!」という場面も引き起こしてしまったり…。でも声の大きい人も声の小さい人もちゃんと対話ができるような仕組みを、事務局員だとか、ファシリテーター(ちょっと専門用語かもしれませんが)と呼ばれる方々がリードするというか、プロデュースするというのか、縁の下にいましたね。
 

●対話って、なんだろう?

佐: 対話というのは、非常に場が大事かなと思っていて、結構今、対話、対話と使っていますが、改めて「対話って、何だろう」と考えると難しいんですよね。会話とか、対話とか、議論とか、色々コミュニケーションの手段はあると思うのですが、その中で対話って何だろうと考えてみると、まずはそこをちょっとご理解いただく必要があるのかなと思います。
絹: 佐藤さんの今のコメントに乗っかって言いますと、「100人委員会」は5期まで全部で7年くらいやったんです。その中では対話のマナーと言いますか、対話のルールが厳格に守られていたのではないかという思い出があります。
佐: 対話ってそもそも何かということなんですが、1つの事柄について議論を叩き合わせる、何か一つの結論を見出すというのが議論ですよね。行政だと市議会等で活発になされている、それが議論だと思うんです。何か事があって、それを理解してもらうようにしゃべるのは説明で、納得してもらうようにしゃべるのは説得ということだと思うんですけど、対話というのは、1つ課題だけ共有して、違う立場の人が自由にモノを言う、違う意見が並列して存在していていいんだと。決して相手の意見を否定して、消したり、収れんしたりしようとしない。これが対話のルールであると一般的に言われているのですが、なかなか日常の生活の中では難しくて、立場とか思い入れとか色々あって、ついつい「いや、そんなことではないんじゃないか」とか、「君の立場で何を言っているんだ」とか言い出してしまいがちなんですが…。
絹: 例えば私は本職は建設屋ですから、京都市の人たちと相対する時は、京都市は発注サイドになります。そうすると公共の仕事をする発注機関と受注する建設屋ということで、厳然として立場は違いますよね。その立場にこだわってしまうと、発注者ですから「はい、ごもっともでございます!」「なんでもやります!やらせていただきます!」というふうになるのか、あるいは「こんな発注の仕方で仕事ができるか!」と「工期はもっとちゃんと見てくれ!」「設計変更はどうやってするんだ。発注の準備ができてないじゃないか」とかいうことを声高に叫ぶのか、色んなパターンが考えられますけれども、ちょっと稚拙な例を出してしまいましたが、これは対話じゃないですよね。
 

●場をつくる、しつらえをする

佐: そうです(笑)。立場を背負ってしまって、立場でモノを言う、自分を押し込めてしまうというのは、対話ではないですよね。立場はもちろん外せないですが、その中でも自由に「何を言ってもいいんだ」というものが対話で、これって、やっぱりそのままにしていてはなかなか生まれなくて、対話を引き出すような場とか手法というのは要るんですよね。それがワークショップであったり、ファシリテーションと言われるものです。
絹: あるいは日本語で置き換えると、「場づくり」という言葉が、ちょっと専門用語っぽく使われていますが、場をつくる。あるいは「この場にいることが、安全なんだよ」というしつらえをして、何か自分の思いを表明したら、いきなり石つぶてが飛んできたり、椅子をひっくり返されたり、足を引っかけられたりということはないと。思いついたことを「本当にここは問題だと思う」と言っても怒られないんだというふうに、安全な場をつくることに苦労しましたね。
佐: そうですよね。そういう場って、すごく大切ですからね。
 

●門川市長の秘書をやっていました

絹: 佐藤さんとは、もうだいぶ前に、その「100人委員会」の1期あるいは0期の時に出会ったのですが、あの時は佐藤さんは秘書室のメンバーでしたっけ。
佐: そうです。秘書をやっていました。
絹: 当時も門川市長さんで、第1期目くらいですかね。だから僕、「あ、この人はボディガードや」と思ったんですよ。
佐: ちょっと体が大きいですから(笑)。
絹: 今もそうですが、「いがぐり兄さん」と言うくらい、スポーツ刈りと言いますか、短く頭を刈りこんで、市長のそばで荷物を運んだり、書類を持ったりして、常に来ておられました。「100人委員会」にも市長はすごくよく顔を出しておられました。
佐: ほぼ毎回ですよね。
絹: この「100人委員会」という、高度に実験的な対話、市民100人以上の人たちを集め続けて、京都市に対してモノを申すだけじゃなくて、「市民にできることはほっといてもやるぜ」みたいな連中が結構集まっていましたね。
佐: 一緒に訪問させていただいて、その熱気はすごかったですよね。
 

■エピソード2 100人委員会がもたらしたもの

●地下鉄の駅の「ドア地下」が生まれました
絹: この「100人委員会」の結果、どんなことが起きたのか、少しだけ事例を挙げさせていただきたいのですが、僕が覚えているのは、岡崎公園まわり、動物園周辺、平安神宮周辺、以前10年~20年前に比べたら、すごくすっきりと素敵になったと思われませんか。動物園なんかも僕、久しぶりに入ってびっくりしたんですが、かつての面影がないというか、素敵な場所に、大人になっても行きたいなという場所になっている。あれは「100人委員会」の1期の連中の中に、岡崎チームというか、あの辺をどういう風にしたらよくなるかをテーマにして語り合っていたチームが確かあったはずです。リスナーの皆さんがご存知ないところで、「100人委員会」の影響といいますか、市民生活に直結している部分がいくつかあるんですね。佐藤さんの目からも、そんな例を挙げられますでしょうか。
佐: 多くの方の目に触れているものと言えば、地下鉄の駅に「何両目がどこどこ駅の出口に近い」とかのマップがあると思うんですが、あれは「ドア地下」という名前で、これも「100人委員会」から生まれたものですね。
絹: あの「ドア地下」チーム、確か今は福知山公立大学の教授で行っておられる谷口知弘先生がチームにおられたかな。学生さんもいっぱいいましたね、あのチーム。すごい地道な活動をしていたんですね。
 

●様々なNPOも生まれました

佐: ほかにもNPO法人なども、その活動から生まれてきたりしています。
絹: どんなのがあります?
佐: 京都景観フォーラムさんとか。
絹: ああ、小林明音さんがおられるところですね。
※追記:小林明音さんもかつてのチョビット推進室のゲストなんです。(参照:第64回「世界の観光地、嵐山は誰が作るのか?」平成22年8月放送)
佐: あと、つながるKYOTOプロジェクトとかも生まれてきていますね。
絹: つながるKYOTOプロジェクトは、愛称「ツナキョー」と言っていたのですが、あの連中も僕、顔を覚えています。「ツナキョー」がどんな活動をしていたか、お手元に資料はあります?
佐: 今日はちょっと持ってきていないのですが、ホームページなどにも出ていますので。
絹: 小辻さんと言って、京都橘大学の助教授なのですが、そのチームリーダー的に動いていましたね。
 

●ムーブメントを起こした100人委員会

佐: 「100人委員会」の成果と言いますか、個別の取組もそうなのですが、こういう対話を通じて、色んなまちづくりをしていこうというムーブメントみたいなものが、「100人委員会」の段階では非常に挑戦的な取組だったと思うのですが、極めて一般的になってきている。この功績は非常に大きかったのではないかと思います。
絹: ステレオタイプで言う市民と行政の対立みたいなも事例をあげてみます。(これは誇張した事例なので、実際にあると思わないでくださいね)例えば「ワシは税金を納めている京都市民や。イチョウがうちの前にいっぱいで臭いんや。清掃局、掃除しに来てくれへんか」というのが、すごくステレオタイプの市民的要求だとしたら、逆の市民もおられますよね。「うちの前やから、門掃きしとくわ」と。これは「100人委員会」の初期、「みんなはどっちの市民になりたい?」と、そんな話をしたことがあります。「100人委員会」の集まってきている100人とプラスアルファの人たちというのは、結構「自分でやれることはやっておくわ」「京都市が困っているのなら、自分の職能で、あるいは得意なことで、お助けしてもいいよ」みたいなものがギュッと集まったような気がするんですね。
佐: そうですね。もちろん行政ですから、やらなければいけないことはたくさんありますし、ご要望にお応えするのは当然なのですが、やっぱり色んな立場、考え方、技術などをお持ちの市民の方々と取組を一緒にするとか、アイデアを出し合うことで、我々ができることもものすごく広がるわけです。それを広げてくれたなと思います。
絹: あ、私、えらいことに気が付きました。今日の番組タイトルを言うのを忘れていました。それでは気を取り直しまして、番組タイトルを申し上げます。お気づきのように、今日の通奏低音は「対話」です。「対話とまちづくり~総合企画局の悪だくみ 何やら面白いことが起こりそうです」と題して、お送りするはずでした(笑)。
では気を取り直して続きです。どこまで行きましたっけ?
佐: 「100人委員会」が色んな対話によるまちづくりを進める元になったということですね。
 

●その後、各区でまちづくりカフェができています

絹: それで、当時は非常に挑戦的な試みだったのが、今はだいぶ普通のことになってきていますよねと。「100人委員会」の残党たちというのは、未だに元気にあちらこちらで蠢いている気がいたしまして、それの例示として、各区役所版のカフェ事業というようなものが起こっていますね。
佐: はい、まちづくりカフェが各区で行われています。
絹: それについて少しご紹介いただけませんか。
佐: 名前がそれぞれ付けられていて、「100人委員会」と同じように対話をできる場になります。色んな方が参加をして、まちづくりについてお話し合いになり、これからの区政をどういう風にしていくのか、どういう行動がとっていけるのかという議論がされているプラットフォームになります。
絹: 「よかったら来て。コーヒーとか用意しておくし」と。行政の方とまちづくりアドバイザーさんの存在も忘れてはならないのですよね。まちづくりアドバイザーさんは、総合企画局から派遣していらっしゃるわけではないのですか。
佐: 文化市民局ですね。
 

●区政ならば「まちカフェ」、全市的な取組なら「みんなごとのまちづくり推進事業」

絹: そこにおられるまちづくりアドバイザーという人たちが、各区役所の担当として、地域力推進室…。
佐: そうです。そこも要望をお聞きするだけじゃなくて、区民の方々の自主的なまちづくりを支援すると。ここがミソでして、区政の場合はまちカフェとか、まちづくりアドバイザーがいらっしゃいますし、区だけでおさまらないような、全市的なまちづくりであれば、私たちは「みんなごとのまちづくり推進事業」と言いまして、「自分が取り組むんだ」というようなご提案を「まちづくりお宝バンク」というのに登録していただくと、我々のコーディネーターが行って、ヒアリングをして実現に向けて、色々ご相談に乗ったりして支援をさせていただくという制度もご用意させてもらっています。
絹: 坂巻さんに「登録して」と言われて、このチョビット推進室も登録するのを忘れているヤツですね(笑)。
※追記:坂巻さんもかつての番組ゲストです。(参照:第142回「“みんなごと”のまちづくり推進事業~ひとごとではなく、「自分ごと」、「みんなごと」としての協力とは?」平成30年11月放送)
佐: じゃ、是非よろしくお願いします(笑)。
 

●「お宝バンク」とは

絹: 今、佐藤さんがおっしゃったのは、「お宝バンク」と言って、アイデアをアーカイブしよう、保管しようというもので、総合企画局のホームページに、「こういうアイデアがありますよ」というようなものを登録します。個人でも、チームでも、あるいはNPOでも、企業でもいいんですか?
佐: 企業でもいいです。
絹: 登録すると、「行政の目から見て、行政の持つこういう機能をそこにサポートしに派遣することができますが、お受けになりますか」という打ち返しがあるんですよね。
佐: そうですね。
絹: ひょっとしたら試験的なサポートもあることはあるんですか。
佐: はい。これも登録いただいているのですが、“Readyfor”さんというクラウドファンディングをやっている会社さんで、クラウドファンディングの手数料をちょっと割り引いてもらうという協定を結んでいまして、「お宝バンク」に登録していただいた取組は、ちょっと割り引かれた手数料でクラウドファンディングができますというような特典もあったりします。
絹: ものづくりの担当部局でない総合企画局が、なかなか知恵を絞って…。
佐: お金がありませんので(笑)。絞れるものは知恵かなと(笑)。
 

■エピソード3 総合企画局の悪だくみは、組織改革へとつながる

●職員をファシリテーターとして育てたい
絹: そこでエピソード3に入っていきますけど、先ほど申し上げた「総合企画局の悪だくみ」と失礼な物言いをしてしまいましたが、佐藤さん率いる総合企画局の市民協働推進部署には、何やら面白いことを仕掛けようとしているフシがあります。
佐: はい。悪いことではありませんが(笑)、企んでおりまして、「対話」と申しておりましたが、私たち市役所職員そのものが対話を引き出されるような立場にならなければいけない。そういうマインドを持って、能力も身につけなければいけないということで、職員を対話を引き出すファシリテーターとして育て上げようではないかと。5日間の訓練を施して、その修了者を市民協働ファシリテーターという形で登録する。自分の仕事だけじゃなくて、市役所のあらゆる仕事でワークショップ等のファシリテーションのご依頼があれば、派遣するという取り組みをしていまして、今、90名ほどファシリテーターができました。
絹: 今、さらっと90名とおっしゃいましたが、結構すごい数字だと僕は思っています。と言いますのは、「100人委員会」の事務局、それぞれのプロジェクトチームにそういうファシリテーターとして訓練を受けてないけれども、やりながら学んでいったという連中がいるわけです。ファシリテーショングラフィックにしても傾聴訓練にしても、KJ法分類、アイスブレイクの手法だとか、オープンスペーステクノロジーの展開だとかというのを90名も育てている。さらに最新のファシリテーション技術も僕らの時と比べて、ずっと吸収しておられるフシがありますね。
佐: スキルに関しては、経験しながらというところなんですが、こういうマインドを持って、経験を積んでいく職員が、市役所の中に増えれば、市役所全体のマインドが市役所内部から変わっていくだろうと思っていて、実際そういう風にしていきたい。これは大事にしていきたいなと思っております。
絹: 私が生意気にも「悪だくみ」なんて称したのは、どうやら総合企画局の佐藤部長配下90名の良い悪だくみは組織改革でもあると。それは総合企画局に留まらない。部局の壁を越えて、例えば私は建設屋ですから、建設局、都市計画局、環境局などのお仕事をすることがありますが、それらの業者と発注者の対話というものは、どうしても必要になってきます。それから工事をおこないます。例えばうちの会社は今、御薗橋の架け替えなんかを担当しておりますが、工事をすると必ず地元の方がおられます。その地元の方との対話、発注者と地元の方の対話、地元の方と施工者の対話、色んな対話を推進するのに、その90名のファシリテーター軍団が出張って来る可能性がある。
佐: そうですね。市が関わる色んな方との対話には派遣していこうと思っています。
絹: 本当にさらっとおっしゃっていますが、これが動き出すと世の中変わるかもとすら思ってしまうのは、私だけ(笑)?
佐: 人口減少とか自然環境の話とかありますが、変わっていかざるを得ないと思っているんです。
 

●人口減少時代、どう助け合っていくのか、キーは「対話」です

絹: 佐藤さんがおっしゃるように、僕も背中が寒い部分がありまして、日本全国であらゆる業種で働き手・担い手というのが不足しています。ここ20年くらいは我慢して我慢していかないとやっていけないわけです。卒業しようとしている人たちも「もうちょっと元気で頑張って」、それから「女性の登場も助けて」、「若い人はもっと」と。でも働き手があらゆる業種で不足していますから、今まで以上に助け合わないと無理。そんな感じがします。その辺はいかがでしょうか。
佐: 人材不足は本当に深刻ですよね。人口が減っていく社会、担い手が減っていく社会にどう対応するのかというのは、なかなか明確な答えがあるようなものではない。どう協力し合えるか、どこに協力してもらえるような相手がいるかを見つけようとすると、それこそ「対話」というのが重要になってくるし、そこからしかなかなか答えは見つからないのではないかと思っています。
絹: そもそも「対話」という話をされましたが、僕と佐藤さんとの出会いは、だいぶ前の「100人委員会」の0期1期の時です。非常に実験的な試みを仕掛けたというのは、当時の門川市長の公約の中に埋め込まれていたということに端を発します。そのおかげで若い人たちが育って、今90名という自前のファシリテーターを総合企画局は育てつつある。彼らが経験を積んだ時に何が起こるのか。期待できますねえ。
佐: ありがとうございます。頑張ります。
絹: それでは佐藤さん、締めでこれだけはというコメントがもしあればどうぞ。
佐: 市役所はこれからも「対話」ということを切り口に、まちづくりに参加していただけるような方の輪をまずます広げていきたいと思っていますので、是非ご参加をいただきたいと思います。
絹: 皆さん、総合企画局の悪だくみ、何か起こるかもしれません。是非ご注目ください。例えば「お宝バンク」ですよね。
佐: そうですね。
絹: この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。佐藤さん、ありがとうございました。
佐: ありがとうございました。
投稿日:2020/01/23

第151回 ・アトピーや自分とのつきあい方〜マインドフルネスと自分への思いやり

ラジオを開く

岸: 岸本 早苗 氏(京都大学院 医学研究科 健康増進・行動学教室 客員研究員 臨床心理士)
絹: 絹川 雅則 (公成建設株式会社)
プロフィール写真_SanaeKishimoto
        岸本 早苗 氏

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお届けしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日のゲストにお招きしましたのは、2年ぶり、岸本早苗さん。私にとっては師匠筋にあたられる方でございます。マインドフルネス、及びマインドフルセルフコンパッション、日本語に訳すと自分への思いやりというものの専門家です。岸本早苗さん、よろしくお願いします。
岸: よろしくお願いします。お久しぶりです。あ、お久しぶりでもないですね(笑)。
絹: 私はご縁がありまして、2年前、「マインドフルネスとはなんぞや」と聞いたら、「マインドフルネスなら、岸本早苗さんがいいわよ」と紹介してくれる臨床心理士の方がおられて、なんと8週間プログラム、週末の2時間半×8週間という体験をさせていただきました。そのご縁で、少しマインドフルネスとは何かという常識はついてきたかなと。そしてまた2年経ったらお会いしたくなりまして、つい最近も8週間プログラムを終了したところです。
岸: おめでとうございます。
絹: ありがとうございます。その内なる体験は、また置いときまして(笑)、本日のテーマと言いますか、タイトルは「アトピーや自分との付き合い方~マインドフルネスと自分への思いやり」と題してお送りいたします。さて、私と岸本先生の出会いをちょっとご紹介しましたけれども、ご自身からも補強して頂けますか?
岸: 私は今、京都大学大学院の医学研究科の中にあります健康増進・行動学教室というところで研究をしています。日本での免許は臨床心理士で、元々日本でもアメリカでも産婦人科で、心理臨床とか医療の質、医療安全全般の仕事もしてきました。
絹: 2年前に出会って、この京都三条ラジオカフェに出演いただいた時も、「え、ハーバードですか?」って、言ったことがありましたよね。マサチューセッツ州のハーバード大学院にもおられて、日本で臨床心理士を取られて、アメリカに行かれて、向こうでその後は附属病院みたいな所に勤務された。
岸: はい。チルドレンホスピタルとマサチューセッツ総合病院です。
絹: それもMBSRとかMSCの関係なのでしょうか。
岸: その時は医療の質の管理者として、産科婦人科の医師や看護師たちと医療の質が改善されるような仕組みづくりの仕事だったんです。マインドフルネスとか自分への思いやりのプログラムは、あくまで個人的な興味で、最初は受け始めました。ただ、医療者の燃え尽きの予防とか、離職の防止という観点からも、マインドフルネスを提供するところをサポートしたことはあります。
絹: また岸本早苗さんに対する認識が少し深まりました。要は医療現場の縁の下の力持ち的、ドクターもナースももちろん患者さんも大変よと。その人たちが少し楽になるバックアップができないかなという、そういうテーマかもしれないですね。
 

■エピソード1 アトピーがもたらす生活の質の低下

●私自身も重度のアトピー患者でした
絹: リスナーの皆さんに、是非お聞きいただきたいなと思ったのは、岸本早苗さんが非常に面白い研究を、ここ、京都でやっていらっしゃるという事なんです。アトピーとの付き合い方ということですが、まずどんな研究をしようとしているのかというところから、ご説明いただけますか。
岸: 慢性疾患のアトピー性皮膚炎というのは、もう20年以上前から言われていることなのですが、アトピーの重症度が重いほどに、患者さん本人のクオリティオブライフ(QOL)、生活の質、人生の質というのが低下するということが、研究で報告されています。
絹: 岸本さんは研究者なので、その辺は大事なのだろうと思います。僕には、身内にアトピー患者を抱えていた経験がありますから、実感があります。アトピーって、結構辛くて、実は私の嫁が結婚当初罹ったり、子どもたちが罹ったりして、結構お医者様に通ったり、薬を変えたりと苦労していますので、アトピーの研究をされているというのを聞いて、まずその時の思いがばっとわいてきました。
岸: 今、絹川さんがご家族のことをおっしゃっていただきましたが、私自身も子どもの時からアトピーがあり、治療法も混乱していたような時期が私の10代でした。10代と20代は暗黒の時代で、アトピーが重症で、学校を長く行くことができなかったり、顔も膿や血など、炎症で笑顔になることもできないし、首も動かせない、全身本当にひどい時期が何年もありましたね。
絹: うら若きお嬢さんにとっては、つらかったでしょうねえ。
岸: 本当に辛かったですね。
 

●重症であるほど、心理面でも大きな影響が出ます

絹: 女性は特にですよね。うちは息子たちで男ですからまだましでしたが、やっぱり見ているのは辛かったですね。
岸: ですから身体面とか、心理面とか、学校やお仕事、人間関係とか、社会的な面の生活に影響を及ぼしうる慢性的な疾患だと思います。
絹: ひどいと、顔の表情も崩すことができなくて、ニコっと笑ったら、ピキっとひび割れたり、かわいそうなくらい皮膚の色が変色したりとか、僕の先輩でも、仕事中に痒いものだからボリボリとして、皮膚がささくれ立っていくみたいな感じで、「アトピーやねん」と言いながら仕事をしておられた方がおられますけど、そういう辛さというのは、治療をしていくうえで、変な言い方ですけど、じゃまになると言うか…。それから先ほど教えていただきましたが、自分自身に対して、滅入っちゃうと言いますか、学校に行けなくなると、そんなふうになりますよね。
岸: やっぱり普通に生活ができるというのことがないと、色んな面で影響を感じたり、自分自身を好きになる事が難しくなるとか、自信を持てなくなるとか、周りの人は色々ジャッジメントというか、誤解があって色んな事を言ったりしますし、大変な状況にいらっしゃる方も多いのではないかと思います。
絹: 例えばアレルギー体質だとか、僕も小さい時は小児喘息でした。生後一年くらいで蕁麻疹が出て、それを強い薬で治したら、今度は喘息に変わって、そうすると私自身も入院して辛かったですけど、「俺はあれで、性格がちょっと歪んでいる」と自分で言うことがあります。その辺のことを岸本さんご自身も経験されていて、それがハーバードへ留学されたり、小児病院で医療の質を研究するバックアッパーとしての動きのなかで、研究したことがアトピーを楽にする(アトピーだけではないかもしれませんけど)、病気とお付き合いするご当人やご家族を楽にしてさしあげる何か手立てがあるんじゃないかという研究につながったのではないんですか。
 

●私自身の体験がベースにあります

岸: 自分自身のアトピー患者としての体験がベースになって、日本でのチーム医療、医師とか患者・家族の視点とか、チームのケアの質を上げるところに貢献したいなというところが原点になっています。2年前にこちらに招いていただいた時には、私自身の頭部外傷後の話をしましたけれども…。
絹: 2年前にお話しいただいた時は、岸本さん自身が米国在住中に頭に大けがを負われて、もちろん日常生活も、音楽を聴いたりすることも、ものをちゃんと考えることすらもできないところから、立ち直っていらっしゃったという経験をお話しいただきましたね。
岸: 今もリハビリを受けていて、この障害は続くのですが、ただその時にボストンでマインドフルネスとか、研究とか実践が進んでいたので、住んでいた時にマインドフルネスや自分への思いやりMSC(Mindful SelfCompassion)とか瞑想とかを深める大きなきっかけになりました。
 

■エピソード2 「スマイル」について
(アトピー性皮膚炎に対するセルフコンパッション及びマインドフルネス遠隔心理教育プログラム)

●「スマイル」とはこんな概要です
岸: 研究を通して、その効果を丁寧に調べていく中で、自分自身が子どもの時からずっと大変だったアトピーで悩んでいる方にマインドフルネスや自分への思いやりを統合したプログラムを、しかもオンライン(遠隔)で提供して、皆さんとそれがどんな効果があるのか、もしくはないならないで、見ていく研究ができたらと思って、今進めています。
絹: それもすごく新しい切り口で、色んなレッスンだとか、治療研究がオンラインで自宅から参加できる。中には対面でやりましょうというプログラムもあるようです。
取り組もうとしているアトピーの治療に関わる研究の骨格についてお話いただけますでしょうか。
岸: 今回の研究は18歳以上の方を対象にしていて、アトピーである程度生活に影響を受けてお困りの方を対象にしているんです。内容については、週に1回、1回90分、オンラインでご自宅から参加していただいて、それを8週間継続して、グループで、1対1ではなくて、同じようにアトピーで生活の質に影響を受けて困っている方々、だいたい私1人と参加して下さる方10名前後で、毎週オンライン上でお会いしていく。そして、毎日普段の生活の中で、マインドフルネスとか自分への思いやりを自分自身になじんでいくように練習を続けていただいて、どんな変化が起きているか教えていただくために、アンケートを取らせていただくようなものなんです。
絹: 手元資料を少し、リスナーの皆様のために、抜粋して読ませていただきます。「スマイル」という研究です。
岸: そうなんです。あだ名をつけました。
絹: 「スマイル」の意味は、「アトピー性皮膚炎に対するセルフコンパッション及びマインドフルネス遠隔心理教育プログラム」を略して「スマイル」と。京都大学では、マインドフルネスと自分への思いやりを統合したオンラインプログラムを、アトピー性皮膚炎で生活や人生の質に影響が出て困ったという人に臨床研究として提供されているんだそうです。京都大学さん、色んなところで頑張っておられます。その研究の最先端にいるうちのお一人が、ここにおられる岸本さんです。
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※2020年1月13日 京都新聞朝刊にて大きく取り上げられました。
 

●マインドフルネスストレス逓減法(MBSR)とマインドフルネスストレスセルフコンパッション(MSC)

岸: 元々私自身が研究を通してではなく、マインドフルネスストレス低減法というものと、マインドフルセルフコンパッションの両方を教えているのですが…。
絹: 略すと”MBSR”、つまり”Mindfulness Based Stress Reduction”、”MSC”は”Mindful Self Compassion”、コンパッションというのは、「自分への思いやり」と訳されていますけれども、自分を大事にしましょうねという、その2つのテーマを教えていらっしゃる先生です。
岸: 1つめの”MBSR”の方は、40年ほど前にマサチューセッツにある大学病院で慢性の痛みのある方への効果について、研究報告があるんです。それで色んな疾患に幅広く応用されているんです。1990年代には乾癬という他の皮膚疾患に皮膚科での標準治療と合わせて、マインドフルネス瞑想を毎日された方は、症状が消失するスピードが速まったという研究があるんです。ただ、アトピーに対してはまだ報告はありません。そのマインドフルネスストレス低減法を通じて、自分自身の普段無意識にストレスを感じる時に、思わず取っている行動とか、考えとか、気持ちとか、出てくる体の感覚とか、そういうものに批判をせずにそのまま観察してみる。そして自分が選択したい行動や対応をなるべく選んでいくということを、心や体の癖にやさしく気づいていくようなトレーニングがあるんです。それは疾患との新しい関係の持ち方のヒントとなるトレーニングで素晴らしいのですが、やはり最近マインドフルネスストレスが心や体の健康に良い影響があるという時に、「自分への思いやり」がとても重要な要素だということが研究でもわかってきています。 
絹: 心理学や精神科領域の研究者たちというのは、こんなところまでやっているんです。びっくりしませんか。自分への思いやりが、マインドフルネスが、心身の状態をよくしていくために、必要か必要でないかの実証研究をする。本当にまあ、研究者というのはすごいなあと。超地道ですよね。
 

●「スマイル」はMBSRとMSCの大事な要素を統合したプログラムです

岸: 私自身も”MBSR”と”MSC”の両方を皆さんにお伝えする機会がある時に、やっぱり両方にそれぞれ素晴らしい内容とか、こちらでは触れられないなという内容とかがあるんですね。ですので”MBSR”の大事な要素と「自分への思いやり」を主に扱う”MSC”、マインドフルネスセルフコンパッションからの大事な要素というのの両方を統合する。ただ絹川さんも参加してくださったように、8週間のプログラムは1回2時間半で、受けていただくと結構あっという間だったと思うんですけど、2.5時間を8週間のプログラムを研究としてするというのは、今回の研究で116人の患者さんの力をいただかなければいけないので、ハードルが高すぎるんです。ですから1回を90分にして、両方のプログラムの大事な要素をくっつけて、トータルで8週間という内容を作りました。
 

●「スマイル」参加協力者募集中です 

絹: でも参加する側としては、90分というのはありがたいのではないですかね。で、参加協力者募集中とあるんですよ。で、応募条件が18歳から64歳の男女のうち、これまでにアトピー性皮膚炎と診断された人をまず求めていますと書いてあります。2020年の3月までと。
岸: それくらいを目安にしています。どれくらいに皆さんが早くに集まってくださるかによって、時期が少し柔軟には変わります。 
絹: それと「参加費不要」、ここ大事ですね。ただし、「要インターネット環境」ということで、通信費などはそれぞれの研究ボランティアに参加してくださる方の負担になります。これは単なるボランティアではなくて、同じような病に苦しむ人たちの今後の大切なデータを集めるとともに、参加することで自分自身も(変な言い方ですけれども)何か良い影響が当然あるに決まっています!なんて、研究者ではない素人が言ってはいけないのですが(笑)。
私自身も「マインドフルネスとかマインドフルセルフコンパッションに何かある」と数年前に感じて、色んなデータを集めたり、スタンフォード大学のマーフィ・重松先生という教授が京都のインパクトハブに来られた時に、4時間の講義を受けるという僥倖を得ましたので、「何かあるどころではないぞ、色んな人がこの研究や実践に手を染めるべきだろうな」と感じたわけです。そこで私自身も2年前と今回の8週間の2回で、ちょっと楽になる部分が結構出てきて(行動様式まで即変化しているわけではないですが)、色んな気づきを頂いています。
ですからリスナーの皆さん、もしお身内にアトピー性皮膚炎の診断を受けた方がいらっしゃるなら、お勧めだと思います。興味があったらどこへ連絡すればいいのですか。
 

●「スマイル」にご興味を持たれた方は、smilestudy.jpのホームページへ 

岸: ありがとうございます。まず研究をご紹介するウェブサイトがあります。「smilestudy.jp」でホームページがありまして、そこにどんな研究かの説明も少し載っています。そして「研究に参加してもいいかもしれない」という方は(もちろん説明を聞いていただいてから、辞退していただくこともできます)、「まずは参加できるかチェック!」というのがホームページ内にありますので、ここをクリックしていただくと、この研究に参加協力していただけるかどうかの事前のチェック項目があるので、そこをまずはお答えいただきたいと思います。
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絹: セルフチェックできますよということですね。それから謝金です。完全ボランティアに近いのですが、「薄謝」ありと(笑)。
岸: すみません。本当に薄謝なんですけど(笑)。
絹: プログラム終了時に、アマゾンのギフト券ちょっと用意しますぐらいの(笑)。
岸: すみません。貧しい地道な研究でして、皮膚科での診療ガイドラインに載せるくらいきちんとした研究の作法で、皆さんへの倫理を守りながらしていく研究なのですけど、薄謝です。アンケートを何回か答えていただきますので、そちらに答えてくださった方には、本当に千円程度のギフト券をそういう時にお送りするようなことをしています。
(※絹川追記:本来MBSRとMSCの研究の受講料は、今の所かなり高額ですから、今回の研究協力する形のほぼ無料の研修は大変珍しいですし、得難い機会だと思います。)
 

●「スマイル」は京大病院倫理委員会の承認を受けたプログラムです

絹: 基本は自分のための学びとがくっついたボランティアです。追加情報として「本研究は、アトピーや臨床研究、マインドフルネスを専門にする大学教員、医師、臨床心理士によるチームが実施しています。本研究は、実施にあたり、京都大学大学院医学研究科・医学部及び医学部附属病院の倫理委員会の承認を受けております」とあります。怪しいものではありませんと(笑)。
岸: そうですね(笑)。やはり皆さん「マインドコントロールじゃないか」とか、「そのうち何か売られるんじゃないか」と、心配されるかもしれないので(笑)。
絹: 「何か壺でも送り付けられるのじゃないか」とか、そんなことはありません(笑)。というご紹介でした。
 

●「スマイル」を体験いただいた方の声です

岸: 体験していただいた方の声をちょっとご紹介したいと思います。この1年以上前に、この研究に先立って予備的な試験として、パイロットスタディで実際にアトピーをお持ちの方に参加していただいて、その方々の感想です。
自分がアトピーがあるなかで、どうしても自分を受け入れたくない、嫌いだと感じるところがあったけれども、アトピーのある自分もそのまま受け入れて、自分が好きになったという方、思いやりを向けると、優しい、あたたかいだけではなく、内面からの強さもわいてくるので、変化を起こしていく力がわいてきたという方もいらっしゃいます。また、結構オンラインでの参加って、途中で参加しなくなる方が多いことは、研究で問題点として挙げられているのですが、去年ご一緒した皆さんは全員最後まで8回とも参加してくださいました。
絹: なかなかのデータですね。
岸: そして今、参加してくださっている方ですが(もちろん個人情報でお名前などは触れられませんが)、痒みがある時の自分は本来の自分ではないという思いがあったけれども、研究に参加したことで、痒みを持っている自分も一部であると、完ぺきではない自分も許せたり、受け入れられるということも、結構おっしゃいます。
絹: ありのままの自分自身を受け入れられるようになる方が出てきつつあるということですね。
岸: あとは痒くなる時に、意識を向けていくことで、掻かない選択をすることが増えて、症状が楽になったという方も中にはいらっしゃって、それぞれの経験が皆さんあるかなと思います。
絹: 実際の研究協力者の声をお伝えしました。さあ、リスナーの皆さん、お聞きになっていかがでしたでしょうか。岸本さんの声をラジオを通じてお聞きになって、お感じになったと思います。こういう柔らかなお声で、素晴らしい間で、瞑想の、あるいは色んなワークのリードをしてくださいます。非常に居心地のいい空間が、彼女の声で現出すると思われます。もしよろしければ、協力をお願い致します。
岸: お待ちしています。
絹: この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。ありがとうございました。
岸: ありがとうございました。
投稿日:2019/11/29

第150回 ・引きこもりシニア 生活訓練の日々@ハルハウス~兄の思い 自立をめざして

ラジオを開く

丹: 丹羽 國子 氏(一般社団法人 まちの縁側クニハウス 代表理事)
絹: 絹川 雅則 (公成建設株式会社)
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丹羽 國子 氏

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお届けしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日ゲストは久方ぶりのご登場です。当チョビット推進室、何と3回目のご登場、丹羽國子先生です。よろしくお願いします。
丹: 丹羽でございます。クニさんと呼んでください。お願いします。
絹: この番組のヘビーリスナーの方でしたら、ひょっとしたらご記憶かもしれません。「丹羽先生」と言ったら怒られるんですが、でも僕は佛教大学の教授でいらした時に出会っておりますので、ついつい「先生」と言ってしまいます。社会福祉学科の教授であらせられました。その前は看護婦さん?婦長?脳外科とか新生児病棟にもおられたとかおっしゃっていましたね。
丹: そうです。
絹: そもそも丹羽國子さんとのお出会いは、”まちの縁側 クニハウス””まちの学び舎 ハルハウス”でした。ご自宅を朝の6時から夕方の16時まで年中無休で開いていらっしゃる、とっても珍しい空間を運営していらっしゃるところに、私は入りびたるようになりました。“ハルハウス””クニハウス”検索していただくと、どんなすごいことをなさっているかわかると思います。ということで今日は”まちの学び舎 ハルハウス”の代表であられて、一般社団法人の代表理事である丹羽國子さんです。
それでは本日のタイトル、これ、どういうふうにしようと言っていたんでしたっけ。
丹: 「ひきこもりシニア 生活訓練の日々@ハルハウス~兄のおもいから 自立を目指して」ということでお願いします。
 

■エピソード1  引きこもりシニアとの出会い

●全国の精神科病院を巡り歩いて
絹: リスナーの皆さん、今日はちょっと重たいかもしれませんが聞いてください。さあ、どんなお話になりますやら。クニコ先生、エピソード1からまいりましょう。そもそもプライベートな 、非常に重たい問題ですから気を付けてお話しないといけません。御年58歳になられる男性が色々ご事情があって、30歳頃からご自宅に引きこもっておられました。そのお兄様が60代で、たぶん僕と同じくらいの年ですかね。僕は61ですけれども。
丹: お兄様は62歳です。
絹: そしたらほとんど同じ年ですね。そのお兄様がなんとか弟さんの面倒をずっと見てこられたんですけれども、丹羽先生のところへ、ハルハウスに来られたんですよね。なんで来られたのか、そのあたりから紐解いていただけますか。
丹: はい。今年の8月の下旬にお兄様が来られて相談になりました。「自分たちは先に死ぬ。弟一人になると困るだろう。嫁や息子たちはあてにはならないし、なんとか自分の目の黒いうちに自立してほしい。行きつくところにたどり着いたのが”クニハウス”でした」と。
絹: クニハウスやハルハウスの噂を、そのお兄様はどこかで聞かれたんですね。
丹: そうですね。本当に若い頃から”森田療法”で2回も京都の山科や左京区で入院して、治療も受けられたそうです。それから全国の精神科病院に入院したりして…。
 

●日々の暮らしと将来への不安と

絹: 色んな所にお兄様はお連れになったんですね。この間、教えていただいたところによりますと、お兄様はご自身の会社を経営されていらして、結構ご自宅にスペースがあったので、弟さんが住む離れの一階には、お兄様の息子さん夫婦がお住まいになって二階にその弟さんがお住まいになっていたと。
丹: そうですね。
絹: ただし、ほとんど外出されないし…。
丹: もう昼も夜も寝た切りと言いますか。おなかがすくと甘いものをコンビニに買いに行かれるくらいで。何もしなかったようです。
絹: で、やっぱり加齢臭と言うんでしょうか、匂いもするし…。その弟さんが30歳の頃にお母さまがお亡くなりになって、色々なご事情があって、それ以来引きこもるという状態になられた。当時は統合失調症と診断されていたと教えていただきましたね。
丹: そうですね。でも最近の病名は違って、うつ病という診断を受けているということでした。だから私は「お兄様が先回りしてやるよりもご本人の意思が必要だから、もう一回ご本人といらしてくださいませんか」とお願いしましたら、9月早々、お二人で見えました。
絹: なんかトランクを引きずって来られたということですね。
丹: そうなんですよ。もうこちらで宿泊できると思われたのか、着替えなども入れてお兄様に連れられて来られて、下向いて黙って座られただけですが、「私ではなくて、あなた自身がこれからの人生をどうしたらいいか、そのことをお兄様が心配されてこられたんですけど、そこはいかがですか」というふうに伺いました。
 

●ハルハウスのこと

絹: リスナーの皆さんのためにちょっと追加情報です。千本北大路下がる”ライトハウス”の東側の辺に、それから有名な船岡山の西側に、この”ハルハウス”は位置しております。先ほど申しましたように、非常に不思議な居心地のいい場所でして、朝の6時から16時まで年中無休で、朝雑炊という変わった美味しいお雑炊を提供していらっしゃるのは10時まで。
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丹: いえいえ、ずっと4時までやっております。
絹: 3.11など色んな災害があった時に、東北から避難して来られた方も泊まられたようです。3階のベッド数で言うと3つあるのですかね。
丹: 3つあります。寄宿ですね。
絹: 寄宿舎みたいな形で、例えば佛教大学のスクリーニングの人が止まりに来ることとか、あるいは、私みたいに嫁さんに追い出されたらあそこへ行って泊まればいいやみたいな、セーフハウス的に使う人がいるのかどうかわかりませんが、そういうお部屋もお持ちになっていると。そこへ今、泊まられているんですか。
 

●早寝早起き朝ごはん

丹: そうですね。本人が「お兄さんにいつまでも世話になっているわけにはいかないし、なんとか自分で働いてみたいと思っている」みたいなことをちらっと言われて、「これまでの生活で脳の神経細胞が栄養失調になっていますので、朝は女王様のように、昼は王様のように、夜は乞食のような食事で、生活訓練をやられたらいかがでしょう。90日で神経細胞が変わると言われていますので、100日くらいはかかると思いますけど、それでもあなたはそれをやる決心をされますか」と。「だからそれをきちんと決めたら、いらしてください。トランクは置いておいてもいいですけど」と言って引き揚げてもらいました。
絹: リスナーの皆さん、ここで一つポイントです。今おっしゃったのは丹羽先生の持論であります。「早寝早起き朝ごはん。それから読書」でしたっけ。うつ病などで引きこもりと診断されて薬物投与が始まりますと、脳の構造から言って、神経細胞がどうも痩せていくらしいという研究があるようです。私は門外漢なのでわかりませんが、これは丹羽先生の持論であります。そして生活のサイクルが狂ってしまった人に、早寝早起き朝ごはん、朝ごはんは女王様でしたっけ。
丹: 女王さまのように、昼ごはんは王様のように、夜は乞食のように。
 

●転地療養してみませんか

絹: というような基本的な食生活と、それから人とかかわること。さらに今回クニコ先生が思われたのは転地療養がいいよと。お兄様にそうおっしゃったんですね。
丹: そうです。お住まいの所から別の区域へ行った方がいいと。転地療養の方が本人もシャキッとすると思いますので、よろしかったら京都へお越しくださいということを伝えました。
そしてそれを決心したからということでお電話がありました。「ご本人から電話が欲しい」と言ったら、お兄様から本人と代わるということで、ご本人が「お願いします」と言われました。
絹: 今のは口真似ですね。
丹: そうです。ぼそーっと言われました。
絹: もう一度、追加情報です。なぜ長いこと引きこまれていた方の62歳のお兄様がわざわざ遠くからお越しになったでしょうか。というのは、噂が色々伝染しているわけです。今まで、ハルハウス・クニハウスでこういう転地療養をされて元気になった人がいるらしいというのが人口に膾炙していると解釈できるのですが。
 

●朝日をおでこに当てましょう

丹: そうかもしれません。実は日本人は西洋の方に比べて腸が1mも長いんですね。それは地球の中で住む所によって生活様式が違うし、一人ずつ違うから。それなのに西洋のマネをしても病気をつくるだけじゃないかと思います。それで日本人として本来の生活様式、それに農業とか、林業とか漁業の生活を基にした「早寝早起き朝ごはん」がきちんとありますので。それともう1つ大事なことは、前額部つまりは額に太陽が当たることなんです。特に朝日。
絹: はい、毎朝守っています!
丹: そうです。それが元気の素なんです。セロトニンという物質が出るそうですから、そのために京都は条件がそろっているわけですね。どういうことかと言いますと、朝6時に船岡山公園でラジオ体操クラブが活動しているんです。会員は120名ほどいますけれど、ボランティアで放送設備を整えていただいて、6時半からラジオ体操です。だいたい80人くらい、寒い日でも50人くらいは参加しています。ですからご本人は6時起床して、6時半からラジオ体操をやって、それから7時に朝食をいただきます。
 

●クニさんの京雑炊

丹: この朝食は「クニさんの京雑炊」と言って、商標登録も済んでいますし、京都市内164店舗のうちの唯一の「六つ星」を頂いた雑炊です。今日も和歌山県からご夫婦でみえて、「おいしいから持って帰れますか?」と言われるから、「フリーズドライの製法にして、ローリングストック食品として、この間日本災害食学会で発表したものですよ」と言いましたら、「こんな美味しいものなら」と10個買っていかれました。
絹: 追加情報です。ローリングストック食品という形で乾燥したもので、もちろんその場で食べる雑炊が一番旨いのですが、海外に遠征したり日本国内に遠征したりするスポーツ選手が好んで求めて持っていかれるそうですね。
丹: そうですね。毎朝食べていらっしゃいます。遠征時はその数だけ持って行って、そこで食べると。金メダルを一番初めに取られた時は、途中下車して見せてもらいました。今は3つ目を取って、東京オリンピックにリベンジしたいと言っておられます。バトミントンの選手です。
絹: 私もご縁がありまして。栄養指導を受けたり、生活指導、「朝、おでこに太陽を当てる」というのを受けて、100%実は守れていないんですけど、おかげでだいぶ元気になってきました。
さあ、ハルハウスの当該58歳の長らく引きこもっていらっしゃった方が転地療養をして、ハルハウスの寄宿がスタートいたします。そのあたりからお願いします。
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■エピソード2 クニさん式生活指導を体験して

●当たり前の生活を覚えましょう
丹: 一週間は毎朝6時にドアを叩いて、「起きてください」と起こしに行きました。そうすると帰ってきたままの姿でベッドに入って、起きたらベッドをそのまんまにしてラジオ体操という、そういう生活なんですね。ですからおじさん臭がムンムンとしています。お部屋いっぱい。それで窓を開けて、布団を干すという、もう日光が燦燦と当たる部屋ですので、それをやってもらいます。これを全部教えるんです。それで10日目くらいから、毎朝自分で行くようになりました。
絹: 船岡山のラジオ体操クラブへ。
丹: そうです。そしたら向こうの人も信用されたのか、ラジオ体操カードというのに印鑑を押してくださるようになっています。
絹: 始めは食事も早食いで、5分で食べて後はぼーっとしておられるだけだったとおっしゃってましたね。
丹: そうです。そのまんまベッドへ行って寝るんです。
 

●感謝の言葉、謝罪の言葉、出会いの言葉、別れの言葉を、言われた方がいいですよ

絹: それが8日目で出かけるようになられて、フォーベイシックワーズと教えてもらったのでしたね。
丹: 挨拶も何もせずに、黙って行って、黙って帰って来るわけです。「58年もそういう生活をやられたのだから無理かもしれませんが、世界共通のフォーベイシックワーズだけは言われた方がいいと思いますよ」というアドバイスをしました。フォーベイシックワーズというのは感謝の言葉で「ありがとうございます」、それから謝罪の言葉「すみませんでした」、それから出会いの言葉「おはようございます。こんにちは」、さらに「行ってきます」という別れの言葉です。別れというのは、もうその時に最後かもしれませんから。このフォーベイシックワーズというのは世界共通ですので、外国へ行かれるときには、行かれる国のフォーベイシックワーズを持っていかれるとうまくいくと思います。
絹: 本当にこれ、海外に行かれる時はいいですよね。これだけ覚えて行けば、まず溶け込めますよね。
 

●毎日、どこかへ出かけてみませんか

丹: そんなふうで、この方は寝てるということが好きなんだけど、まず睡眠が長いとどんなふうになるかということです。うつ病とか認知症になりやすいんです。それと糖尿病の確率もあがります。ましてや糖尿病のある方ですので、これは寝させておいてはいけないと。だから金閣寺、銀閣寺と毎日行ってもらいました。お金のいらない所で行ける所を探して。そしたら比叡山延暦寺に行かれた時に初めて、帰ってきて「よかった…」と言われたんです。
絹: 確かそれって、ハルハウスに寄宿して25日目あたりですよね。「比叡山行ってらっしゃい」「どうだった?」そしたら「よかったあ…」とおっしゃったわけですね。
 

●働いて、みませんか ー むつみの家のこと

丹: そうなんです。それで比叡山は先日も行かれまして、最澄の秘宝が展示された時も行ってました。何か気に入ったようですね。それでこれなら昼間、働ける所はないだろうかということで、”むつみの家”という所でB型支援事業というのをやっていらっしゃることを知っていましたので、そこへ行かせていただくようにお願いしました。
絹: “むつみの家”小山初音町、ハルハウスから歩いて30分。横山理事長、布富施設長がおられるところですね。
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丹: ここはお父様の代の時に、ボランティアで一人暮らしの人のために配食サービスをやってらっしゃるところなんです。私も設立の時からずっとボランティアで関わっていて、息子さんの代になってもずっと続けていらっしゃるので、これはいいんじゃないかと思ったわけです。それに昼ご飯が毎日違うということも大事なんですね。王様のようなご飯を食べていただきたいものですから。それで大学の食堂に行きなさいと言っても、なかなか行けないから、そこのほうがいいんじゃないかということで。
絹: “むつみの家”で昼飯にありつこうと。
丹: そうです。それで配食サービスの弁当持ちをやられたら、少しは人と関われるのではないかと。
絹: お手伝いして、まかないで食えるぞと。
 

●就労支援を受けながら、踏み出す一歩

丹: そうです。それで弁当代が580円とか600円とか要るんですけど、是非にとお願いしたら、京都市役所の障害の人の保健センターで許可をもらってほしいと言われたんです。そこで「私が主役じゃないのよ。あなたが主役だから自己紹介とか、書類もあなたが書いていただきたいから、私は同伴するだけですよ」ということを断わって、保健所へ二人で行きました。それで色んな書類とか面談とかありまして、一昨日許可が出まして、これで当分行けるようになりました。
絹: ということは、引きこもっていらっしゃった当該のシニアの方が”むつみの家”でB型支援のお手伝いをするということで、公的な助成が”むつみの家”に入るようになるということですね。じゃあ、サポートが始まったんだ。うわああ、30からずっと引きこもっていた人が実際にそこまで行ったんですね。
丹: 今度の18・19日は実家の方で月に一回のうつ病の受診日なんです。その時は一泊で行くのよと。その朝は天気が良ければシーツを洗いましょう。月に2回はシーツ交換して、全部を洗うのですが、その洗濯をやったことがない。洗濯機の使い方から糊付けから、全部教えて、もう3回か4回になりますけど、今度の18日の時も「あなた一人でできますね」と言ったら、「はい、やります」と言ったから見守りたいと思います。
 

●一つひとつ覚えてもらいました

絹: ワイシャツの糊付けも「やってみる?」と言われたそうですね。その時、笑えるエピソードがありましてね、糊があるじゃないですか。「ひと瓶全部使うんですか?」と(笑)。
丹: 「ひと瓶全部使って、それをまくんですか?」と言うから、「ここに注意書きが書いてあるから、それを読んで薄めて使ってください。それから洗濯機は二槽式だから、終わった後は必ず開けておかなきゃいけないのよ」とか、そういうことまで教えるんですね。生活指導ですから、苦にはなりませんけど(笑)。
絹: リスナーの皆さん、ここまでお聞きになっていかがでしたでしょうか。実ははじめ、このお話を教えていただいて、ラジオの番組で語っていいものか少し逡巡したところも正直ございました。さりながらどうもこのテーマは、この長いこと引きこもっていらっしゃったシニアの方お一人のことではないのではないかと思いあたりました。色々誰にも相談できずに、あるいは色んな病院を回ってもそれらしい改善がなかったという方が、最後にたどり着かれたのが千本北大路下がるのハルハウスでありました。着実に、でも生活訓練からフォーベイシックワーズとご飯を食べること、シーツ交換…、ゴミ屋敷におられた方ですよね。信じられない…。というふうに驚きました。
 

●まずはご本人の意思確認、そして信頼できる人をつくってください

丹: いや、布団干しは天気のいい日は毎日干して、9時にはきちんと出て行かれますし、「行ってきます」という声が大きくなっています。だからひきこもっている方は一日も早く決断されたほうがいい。ただし、ご本人がですよ。お父様お母さまが先回りしてやっちゃうと本人は縮こまりますので、まずはご本人の確認、そして生活訓練の信頼できる人をつくることが一番大事だと思います。
絹: 本人の自発性を引き出すためには、当人との信頼関係がベースにならなければならない。これは丹羽國子先生のお言葉です。確実に本人さんとの信頼関係を築くことを、長年なさってきた方がここにおられます。是非リスナーの皆さん、丹羽國子さん、ハルハウスという名前をご記憶ください。
この番組は心を建てる公成建設の協力と京都府地域力再生プロジェクト、そして景観まちづくりセンターの応援でお送りいたしました。丹羽先生、ありがとうございました。
丹: どういたしまして。
絹: 皆さん、千本北大路ハルハウス覚えてね!ありがとうございました。
投稿日:2019/11/21

第149回 ・若手土木技術者のためのハンドブック~現場監督のいろは編~

ラジオを開く

中: 中坊 傳 氏(京都府建設交通部指導検査課指導担当主幹兼係長)
西: 西村 浩孝 氏(京都府建設交通部指導検査課指導担当主査)
絹: 絹川 雅則 (公成建設株式会社)
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     (左:中坊氏 右:西村氏)

 

絹: 皆様こんにちは。まちづくりチョビット推進室の時間がやってまいりました。
この番組は地元京都の建設屋の目から見た元気なまちづくりびとのご紹介や、その活動の最新のエピソードをお届けしております。いつものように番組のお相手は当まちづくりチョビット推進室 絹川がお送りいたします。
さて、本日ゲスト紹介です。まずは京都府建設交通部指導検査課指導担当の中坊傳主幹。
中: はい、よろしくお願いいたします。
絹: その部下であらせられます、同じく建設交通部指導検査課の西村浩孝主査です。
西: よろしくお願いいたします。
絹: お二方ともバリバリの行政の方を呼んでしまいました。お願いします。
そして本日のタイトルは「若手土木技術者のためのハンドブック~現場監督のいろは編~」と題してお送りいたします。
まずはなぜこのお二人に来ていただいたのかという話を、少しさせていただきます。リスナーの皆さんは建設技術者ではないので、『日経コンストラクション』を読んでおられる方は少ないでしょうが、日経の雑誌の中で土木系に特化した雑誌です。その中で直近の『日経コンストラクション』の8月12日号、この特集のタイトルが刺激的で、「受注者が採点する発注者ランキング2019」というのがありました。これを見て僕、「これは読まなあかん!」と読んだら、その中になんと京都府建設交通部が載っていたわけです。ランキングには載っていなかったものの、編集部の取り上げ方が非常に好意的で、「京都府さんがなかなか良い工夫をしておられる」という数行があったんです。それを見たら、建設交通部で西村さんという名前があったので、旧知の理事さんの所へ行って、「紹介して!」というのが、中坊さんと西村さんにたどり着いた理由です。今日、『日経コンストラクション』に取り上げられた前向きな動きって、どんなのか教えてくださいというのが、今日のお話です。
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■エピソード1 若手土木技術者のためのハンドブックができるまで

●そもそものきっかけ いびつな年齢構成
絹: では、その『日経コンストラクション』の8月12日号に取り上げられていた「現場監督のいろは」について、中坊さんから口火を切っていただけますか。
中: そもそも若手技術者のためのハンドブックをつくるきっかけになったのは、京都府はベテランの職員がかなり多くて、今後大量に離職されるという状況が、ここ数年で迫っていることにあります。また、中堅の職員がかなり少なく、最近は新規採用で、若い方々が多く入っていただいているなかで、いびつな年齢構成になっているわけなんです。
絹: これは「京都府さんもそうなんですね」という感じですね。今、日本中であらゆる業界でその心配がなされていて、ご多分に漏れずわが社でも、30代あたり、つまりベテランと若手を繋ぐ所がゴソッと抜け落ちているという、ちょっと苦しい状況があります。それは発注者サイドの京都府さんも同じであると。
中: そうなんです。平成の29年と30年に大きな災害が京都府では起こりまして、その復興に今、一生懸命あたっています。復興するに当たっては、中堅の者がバリバリ仕事をしている状況で、若い方の教育になかなか時間を割けない現状があるというのが実態でございます。
 

●二年連続の大きな災害にあたって

絹: 初めに教えていただいたのは、若い人の不安を取り除くという問題意識を、京都府建設交通部の技術屋さんの先輩方はお持ちになったわけですね。そしてその結果、こういうハンドブックが生まれていきました。技術の、あるいは経験の継承がすごく難しくなってきたわけですね。数少ない中堅職員が災害対応の業務にあたったと。本当に大変ですね。
中: 特に平成29年と昨年起きました災害は非常に大きかったので。
絹: 西村さんも災害現場に出張しておられたんですか。
西: 本庁勤務なので、そんなには出てないんですが、私は検査をする部署にいるので、災害が起こってすぐに検査に行ったので、検査が終わった後、現場を回ったりもしました。
絹: 西村さんが災害現場で印象的だったのはどこですか。
西: 福知山の府道で山崩れがあって、通行止めになっている現場がありましたね。
絹: あちらの業者である我々の仲間も八面六臂の活躍でしたものね。
中: 二年連続の大きな災害だったので、中北部が中心にやられたということで、南部の土木事務所とか本庁職員が北部の応援に行くという体制を取りました。
絹: そんななかで八面六臂の活躍をされて、府の方もそれから地元の我々建設の仲間もやっておられたと。でもベテラン陣が間もなくゴソっと抜けていくというのを、なんとかしようぜという機運が京都府の中に持ち上がってまいりました。若手に伝えるための道具ですけど、今までもマニュアルとかあるんでしょう?
 

●はじめの一歩のためのハンドブック

西: アニュアルはあるんですけど文章が多くて、一年目に入ってきた人には専門用語も多いのでなかなか言葉も理解できないし、ワンステップ上がるのが大変なんです。そのために聞きたいけれども中堅職員がいないという現状で、今回のハンドブックはそのワンステップ上がる前の0.5ステップ、一旦踏み台になるようなものを作成したということです。
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絹: ハードルを下げてやろうかと。技術屋さんとして現場を踏んでいくのに、苦労が少しでも減って、不安が少なくなるためにと、そのように思われたわけですね。中坊さんはこのハンドブックをご覧になってどう感じられました?
中: 大変良いものができたなと思っています。
絹:  おっしゃるように、検査をする時の箇所、こういうふうに見るといいよというような図表がかなり多くて、マニュアルでもかなり読みやすそうな、持ってたら助かるなという感じがしますよね。
市販品ではないし、他府県、政令指定都市で同じようなことをやってないかと色々自問自答しておられたようですね(笑)。
西: 私はハンドブックを作ってくれと言われたんですけど、一人でそういったハンドブックを作るのは、通常業務もありますのでこれはちょっと無理かなと。 
絹: これ、厚さ1cm5mmくらいありますよ。
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●市販品も先行事例もなく、一から作ることになりました 

西: 200ページあるんですけど、ハンドブックを作ることが目的ではないと思うんです。若い人たちがステップアップできるようなハンドブックを手元に届けることが目的ですので、市販品がもしあればそれを渡せば目的達成だなと(笑)。それでインターネット等、あちこち調べたんですけど、発注者サイドの若い人が読むものがちょっとなかったんです。次に他府県、政令都市でも同じ問題に直面しているはずで、先行して作っているところがあればと、全国調査をしたんですけど、技術者のためのマニュアルを作っておられるところはあったものの1~3年目の若手に特定したようなものはなかったんです。
絹: ということは京都府の中坊さんや西村さんの着眼点はすごく新しかったわけですね。他のところがやってなかったわけですから。だからこそ『日経コンストラクション』最新号で京都府のこの動きは面白いと取り上げられたのを僕が読んだわけです。
日々現場監督に奮闘している、採用後1年から3年目までの若手土木技術職員をターゲットに選ばれた事が素晴らしいですね。現場監督を地元の我々のような建設屋が公共事業を発注していただいて、それを受注して、「ちゃんとやっているか」と。設計図書通り、性能はちゃんと品質が出るようにどのように目配りをしたらいいのかの虎の巻の入門編を、平成31年の3月までに作りきるとお尻を切られたわけですか。
西: お尻を切られたんです。新規採用職員が4月に来ますので、来た時にその机の上にちゃんと置けるようにという明確な目標をもって取り組んだということですね。
 

●プロジェクト始動―課の壁を越えて

絹: 「現場監督のいろは編、作成プロジェクト始動」と書いてありますけど、プロジェクトメンバーの人数はどのくらいですか。
西: メンバーは全部で10人なんですけど、現場を十分に経験しているけれども、現場から離れてそんなに間がない30代後半の職員で構成しました。
絹: その辺の層がおられるというのは羨ましいですね。うちらの民間中小企業はその辺の層が少ないんです。大ベテランが息子みたいな人に教えているという(笑)。大ベテランからしたら、30代後半、あるいは40代くらいの、間を繋いで先輩役になってくれる人が欲しいなと思うし、若手の技術者はやっぱりお父ちゃんと同じ年代の先輩とは喋る言葉も違うわけで(笑)、でもいいですねえ。「写真や図を多く入れ、新卒職員にわかりやすく見る気を起こるものにした」と書いておられますが、プロジェクトメンバーの10人、よく集まりましたね。
中: メンバーについては、土木の工事で行きますと、道路と河川、大きく分けてその2つがあるんですが、そういうところの課から、道路計画課、道路建設課、道路管理課、河川課、それから砂防課から有志を募って取り組んだという状況です。
絹: 有志ということは、「お前出ていけ」と上司がケツを叩いたのではないのですか?そんなこともあるけれども「俺がやる!」という人もいた?
西: その通りです。両方いると思います。
絹: その元締めが西村さん。西村さんは「俺がやる」派?中坊さんに言われた派?
西: 言われた派です(笑)。
絹: プロジェクトというくらいだから、自分の職分の範囲からはみ出るものとして送り出されてくるわけですよね。
西: 通常業務のどうしても後から、プラスアルファになるので、ワーキングチーム員は大変だったろうなと思います。
絹: 中坊さんは西村さんの上役でいらっしゃいますから、「西村はこの辺、苦労してるなあ」というのは、見ておられましたか?
中: 先ほども言っておりましたように、皆さん通常業務をきっちりやりながら、この業務をお願いしていることもあるのと、時間が限られているというなかで、より効率的に物事を進めていく上で、色んな課を連携した取り組みにしなければならない。目標を持って、いつまでに何をしなければならないというものを明確に示しながらやっていただいたという状況です。
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●「京力グランプリ」で優秀賞を受賞しました!

絹: すごく基本的なことをお聞きします。我々の感覚では京都府さんは巨大企業です。広域振興局や出先、京都府警察本部も京都府ですし、学校の先生もそうですし、全部含めると超巨大企業です。その中の1セクションである建設交通部だけでも大企業レベルかなと。そんな人たちが課の壁を越えて集まってきて、1つのプロジェクトを仕上げるというのはなかなかですよね。
先ほど教えていただいたんですけど、こういうプロジェクトは、京都府の中で14個あって、庁内コンペみたいなのをやられたんですって?
西: 毎年実施されているんですけど、「京力グランプリ」というのがありまして、各部局や広域振興局から良い取組があがってきて、それを発表するという場があるんです。
絹: ということは、このハンドブック「現場監督のいろは編」作成ワーキングは、建設交通部の代表なんですか。
西: そうです。今年の3月に「京力グランプリ」で発表しました。
絹: この「京力グランプリ」というのは、古くからやっておられるのですか?比較的新しい?山田知事の頃からやっておられたんですか?
西: そうです。
絹: 地道ですねえ。それからリスナーの皆さん、これは注目してお聞きください。「京力グランプリ」の中で、最優秀ではなかったけれど、優秀賞を獲得された、タイトルホルダーであられるそうです。そして成果物としてのハンドブックが優秀賞を取ったわけではなくて、プロセス、ワーキングチームが寄って色々工夫して、苦労してというプロセスに対して与えられたと聞きました。わざわざそういう公表があったわけですか?
西: どのプロジェクトもそうなのですが、結果を見せるのではなく、結果に至ったプロセスを発表し合う場ですので、作った物がどんなものかというのは見せてはいないです。
絹: 審査される方はどの辺の方なんですか?
西: 職員長、部長、参与等が審査員となっています。
絹: 京都府の建設交通部、我々の大切な足元であるインフラ、それから災害が起こった時の後始末や対応、復旧と、色んなことを主管されているところです。そこの30代後半の方々がこういう若手を育てるためのハンドブックを集まって作ったという動き、建設屋の中でちょっと注目されています。ですから一般の方々にはなかなか届きにくい情報かもしれませんが、あえて皆様に聞いていただけたらなと思いました。
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■エピソード2 今後の展開と私たちのおもい

●他府県からの要請も来ています
絹: 今後の展開として、これをやってみて次はどうしようとか、ここはもうちょっとああしたかったとか、なかなかこれええもん作ったわとか、何かありますか?
中: 作っただけではなく、これを使っていただいて、より良い物にしていきたいということで、使ってもらった若手職員さんからアンケートなどを寄せて改善していくことは念頭に置いてやっています。
絹: 作りっぱなしではなくて、リニューアルしていくつもりがあるということですね。それも大変ですね。私の本職は出入り業者なわけですが、その私が「分けて!見せて!」と言ったら、「これは門外不出である」ということになりそうなハンドブックかなと思ったんですが、他府県の同じような立場の方から「分けてくれ」という要請が来ているそうですね。
西: そうです。たくさんではないですが、5件くらい来て、データを送らせてもらって「是非使ってください」と。
絹: 先ほどおっしゃいましたものね。はじめ作り出す時に、他の先行事例を調べたけれどもなかった。私のように気が付いて、何か面白いことをされていると気が付いた人たちが『日経コンストラクション』を読んで来られたわけですね。例えばどの府県ですか?
西: 千葉県さんはいの一番に来られました(笑)。
絹: なぜ今笑いが起こったのかと言いますと、『日経コンストラクション』を読んでいただくとよくわかります。確か千葉県は発注者としてのランキングがあんまり良くなかったんですよね(笑)。地元の建設産業が一緒にあんまり仕事をしたくないと。正直に声を上げると、発注者だとか、色んな事業のつくり込み方や準備の仕方で我々川下の人間は泣いたり笑ったりするわけです。だから千葉県さん、やっぱり偉いですね。そういうのを真摯に受け止めてられて(笑)。「京都府さん、頼むわ、見せてくれ」とまず一番に来られたと。そんなことが起こっておりますが、本当は笑ってはいけないことかもしれません。
さあ、今後の展望、千葉県からのそういう声、あるいはこのプロジェクトにかかわられたお二人として感想を少し教えていただけませんか。やってみられていかがでした?
 

●やりだすと土木魂に火が付きます

中: やりがいはありましたね。これを使って参考にしてもらうというのもあるのと、自己満足かもしれませんけど、良い物がつくれたなと思っています。
西: はじめにやる時は、こんなに太いものではなくて薄い物でも3月に間に合わそうとみんなで声を掛け合いながらやったんですけど、みんなやっぱりやりだすと土木魂に火が付くのか、できてみたら結構分厚いしっかりした物ができたので、大変なところもあったんですけど本当にやってよかったなと思います。
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絹: リスナーの皆さん、今、西村さんが「土木魂」という言葉を使われました。技術屋さんというのは実はそういうものなんです。人に言われて何々をすると言うよりも、「ワシがこのエリアを守っているんや」と。「この道路が不通になったら地域の人がどれだけ困るか」「この水道が、電気が止まったら、倒木で電線が切れたら、ライフラインが止まった時にどうなるんや」と黙っててもやってしまう。可能であればできる限り完璧を越えてやろうとしてしまうというのが、技術屋さんの、ひょっとしたら日本人の、と言い換えたらいいのかもしれませんが、特に土木に関わる方はこういう人が多いです。そういうことも一般のリスナーの方々にちょっと覚えておいていただきたいと思います。今まで特に土木技術系の方々は、中坊さん、高倉健さんと言っても今の若い人には通じないですかね。
中: 私は知ってますけど(笑)。
西: 私もわかります(笑)。
絹: 「自分、不器用ですから」と、良い仕事をして淡々と静かに去っていく。その背中をカメラが追いかけるみたいなのは流行らないですかね(笑)。
 

●地図に残る仕事と静かな自負と

絹: 笑い話にしておりますが、我々建設産業に携わる者はなかなか脚光を浴びる事はございません。ですけれどもどこかの大手さんのコマーシャルに書かれているように「地図に残る仕事」と。あるいは当たり前に便利に日常生活をこなすために、なくてはならないインフラストラクチャー、足元を支えているという静かな自負に燃えている人たちが技術屋さんであります。それは京都府の発注者サイドである技術屋さんも、我々のような川下の施工業者も、さらにその協力企業である職人さんたちも同じであります。そういう地道な活動が色んな物事の陰にあるということをこのコミュニティFMラジオのリスナーの方々も、ちょっとどこかの片隅にお持ちいただけたらなと思います。最後に一言ずつコメントをいただけますでしょうか。
中: これからも災害復興を含めて色々お世話になっている地元の建設業者さんの協力をいただきながらやっていきたいなと思っています。
西: せっかく良い取組に参加させていただけたので、また別の機会にこの取組のノウハウを活かせたらなと思います。
絹: ありがとうございました。この番組は心を建てる公成建設の協力でお送りいたしました。
投稿日:2019/09/13
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